小ネタ | ナノ


小話06


【金造♂+廉造♂×勝呂♀/なんちゃってシリアス/よくわからないけどお嬢が悪女っぽい】


頭が痛い。
ずきずき痛むと体がだるくなってくるしいつものように勉強できないのも走り込む気力がなくなるのも、全てがストレスになって襲い掛かってくる。それでも周りに「私は辛いです」というような顔をするのはちっぽけなプライドが許さないし、クラスメイトに大丈夫?とか気にされるのも嫌だ。同情はされたくない。だから下校の時は平然を装ったし笑顔でまた明日なんて言った。心の中では「どうでもええからとっとと帰らせてや」と悪態をついた。

(気持ち悪……)

志摩家の連中と仲が良いという事もあって男子と話すのは好きだった。女子と違ってさっぱりしているし、うじうじ悩むより開き直った方が良いと思うことも多くて男子の意見に共感する部分もあった。泣くもの嫌だ。クラスメイトの前で泣くだとかそんな事自分には出来ない。きっとなにがあっても自分は泣かない。すぐに泣く女子がクラスにいるけど慣れることも馴染むこともないだろう。だから休み時間に男子の輪に入ることもあるし、もちろんそれでも女子の輪に入ることもある。どちらも深く入り込まないけれどそれなりに楽しく過ごせてる。
自分が男だったら良かったのにと思う事がある。ふとした時にだ。志摩家だって女の自分と仲良くしているのを見られるよりも男だった方が良いだろう。一緒に歩くだけで彼女だと間違われることもないし、彼女がいたらいたで誤解を生んで喧嘩するようなこともなくなるのだから。女の子なのだからと言われて女性らしさを無理やり教え込まれたりもしなかっただろう。茶道とか華道が嫌いなんじゃない。日常の節々にある「女性らしさ」を求められるのが嫌いだった。自分が男だったら万事解決するのにな、なんて妄想をしてはため息を落とす。

――人気がない埃っぽい教室、机、倒れる椅子、自分よりも大きな体、触れるごつごつした手。終了を告げるチャイム。

そこまでフラッシュバックして目をぎゅっと閉じた。ただいまぁと間延びした声を出して玄関を通り過ぎて自分の部屋に直行する。黒色のキャミソールにパーカーを着た。このキャミソールはお気に入りで、大き目に開いた胸元にレースがあしらわれているのが甘めで良い。それに短パン。ラフな格好だ。長い黒髪は右にまとめてシュシュで結った。
机の中に乱雑に置かれてあるそれらを紙袋に入れてちょっと出てくると言って家を出た。まだ寒いけどまぁいいかとビーチサンダルを履いて少し歩くと、すぐに着いた目的地のインターホンを鳴らして中に入った。

「あれーお嬢どないしたんです?」
「どないかせなうちは来たらあかんの?」
「そんな事ありませんけど。めっちゃ歓迎!」

どこ行きます?リビング?俺の部屋?と満面の笑みで勝呂を迎えたのは金造で、台所からは志摩家の母親が久しぶりやねぇとこれもまた笑顔で迎えてくれた。志摩おります?と言うと自分の部屋におるよと答えてくれたのでそちらへ向かう。

「なんや、お嬢は廉造に用事かぁ」
「うん、今日は志摩の方に」
「つまらん」
「つまらんて、なんや用事欲しかったん?」
「お嬢からの用事なら大歓迎ですわ。なんでもしたなりますもん」
「金造は優しいなぁ。彼女できたら絶対彼女幸せやわ」

でも俺モテませんから、と言いながら廉造のドアをノックと言うには乱暴に叩いてから開いた。ベッドに寝転んで漫画誌を読んでいた廉造はなんやねんうっさいな!と言ってから勝呂がいることに気付いてすぐに起き上がった。

「お嬢!どないしはったんです?メール送ろうと思ってたんです。今日先に帰っとったからなんかあったんかと思って」
「お嬢一人で帰ってきたんです?危ないですやん」
「危ないって学校と自宅の距離やん。伝えるの忘れてたたけやから」

伝え忘れていただけだ。一刻も早くあいつの傍を離れたくて。目の端に入るだけで、触れた体温を思い出して吐き気が止まらなくなって頭がガンガンと痛むから。
どうぞーと言われて出された座布団の上に座って袋から持ってきたものを出した。そして出した途端、金造と廉造の顔は目に見えて曇った。

「これ、やってほしいねん」

出されたのはピアスを空けるときに必要なもの一式だ。タオルも持参している。
勝呂の耳は現在右に三つ、左に一つの計四つの穴があった。一つは金造、一つは廉造、二つは柔造にあけて貰っていて、どれも自分ではあけたことがない。

「…お嬢、もういっぱいあいてますやん」
「ピアスの穴は奇数の方がええて言うやん?ずっと気になっててん。前の穴は金造に空けてもろたから今度は志摩にあけて欲しくて」
「えー…でもぉ」
「なん、やってくれんの?ほな金造やって?」
「逆にいっこ減らしたらええんちゃいます?右二つで左一つは?」
「うちは増やしたいんよ」

ピアスを増やすことに否定的な意見を言われてまたずきずきと頭が痛む。ああもうこの頭痛が苛々する。自分の思うがままにならないのが嫌で癇癪を起こす子供に似ている。けれど、まさにそれだとも思う。ピアスをあけて欲しい。誰でも良いというわけではなく、志摩家の誰かに。否、厳密に言うと志摩家でなくとも良いのだけれど、今は志摩家が良い。

「やって中学ってまだあけたらあきませんやろ?」
「……もうええ、柔造にまたやってもらう」
「え、あかんあかん!それやったら俺やる!」
「なら最初からしてくれたらええやん」

ピアッサーを廉造に渡して耳を見せる。今度は左耳。金造は重い腰を上げて氷をとりに行ってくれた。

「なんかあったんです?」
「は?急になんよ」
「いや…なんや急にピアスあけるて言い出したからなんぞあったんかなって思いまして」
「…別にないよ。ほんまにずっと思っててん。奇数にしたいって」

これ使てください、と金造は氷と洗面器に水を張って持ってきた。氷をすぐさま左耳に当てる。頭痛を助長させるような冷たさに顔を歪める。歪めるけれど、この冷たさの後に自分の身体に風穴が開くと思うとぞくぞくする。肩の荷が一気に下りたかのようなそんな高揚感が与えられると知っている。
どこに空けるんですかと言われて鏡を見ながらここ、とペンで印をつけた。

すぐに氷を離して廉造に耳を向けてやって、と言う。まだ痛覚が残っているだろうと言われたけど平気だと言って氷はもう床に置いた。パーカー汚れるの嫌やから脱ご、とキャミソール一枚になる。金造と廉造の目が少し泳いだのが分かった。

「よっしゃ、キレイにあけてな」
「とりあえずあけたらええんですやろ?」
「思いっきりぱちんってやって。やないと綺麗にならんから」

廉造が近寄って耳に手を添える。少し震える。ピアッサーが自分の耳を挟んだ。はぁ、とため息が聞こえる。

「ほな、いきますえ?」

いち、にの、さん。ばちん、と音がしてからゆっくりと廉造の冷え切った手は離れた。やはり冷やした時間が足りなかったからか痛みが一気に体を支配する。勝呂は前も血が大量に出ていて、今回も例外なくぼたたた、と血が出て肩に置いていたタオルを真っ赤に汚していった。

「い………っ!」
「ほら、せやから痛いて言いましたやん!」
「だい、じょお…ぶ」

大丈夫ちゃうやんか!と言われたけれど、勝呂は本当に大丈夫なのだと思った。頭痛をはねのけるような痛みはむしろ快感に似た何かがある。ぼたぼたと落ちていく血はなんだか新鮮で「楽しい」に近い感情を抱けている。なんの問題もない。そして一番快感を覚えるものも、今与えられている。今から与えられる。
左耳についてしまいそうな髪を後ろから結い直して左耳から首筋を一気に露わにさせた。首も血筋が出来てしまっている。少し動くふりをして白い太ももに血を落とした。また、二人の目線が泳ぐ。

「すまん、髪の毛持ってるから首とここの血ぃ、拭って」

志摩家は拒否しないことを知っている。志摩家は自分の嫌がることを決してしないことを知っている。
廉造はタオルを持って左耳、そして首を丁寧に拭いていく。血の跡が残らないようにか、何度も何度も拭いてくれる。つつつ、とゆっくり肌を侵食する血は止まらず谷間へと流れていく。目がそれを追って、ゆっくりとタオルがそこを拭った。その目は情欲に濡れていて隠すこともしない。情欲を吐き出したいのに吐き出せなくてぐるぐるしている、そんな眼。
金造は太ももに手をやった。太ももを持つと柔らかな弾力で自分の手を押し返す。まだ発育途中だが、同年代の女子よりは引き締まっている。綺麗に手入れされてつるつるのそこのタオルを這わせる。少し手が触れるとその温かさと恥らうように動く足にごくりと喉が鳴った。

「ありがと。はーすっきりした」
「す、っきりってなんですか」
「のどに刺さった骨がとれた感じ」
「どんなですか」

ははは、と笑う二人は心から笑えない。それを勝呂は重々承知だ。消毒は家でやるわ、とタオルを雑に袋に入れて部屋から出た。

「ほなまた、明日な」

ぱたぱたと歩く音が聞こえ、おばさんお邪魔しましたとの声が聞こえ、玄関が閉まる音がしてから二人は重い重い溜息を吐き出した。

「あー……お嬢も人が悪すぎるわ……」
「ほんっま性悪やな」
「めっちゃ楽しんどったでアレ」
「で?今回のピアスはなんなん」
「答えてくれんかったけど、ちょっと学校で探ってみる。今日絶対なんかあったわ」
「嫌な事あったらピアス空けるなんて変な癖どこでついてもーてん」
「ほんまに、柔兄が甘やかすからや」

キャミソールという布一枚に守れた体の不安定さが、肌の露出とそこに落ちた血が、すらりと長い脚が無防備に放り出されている様が、髪の毛が絡みつく様が、長い髪の毛をあげようとして見える腋が、考えるとそこにしゃぶりつきたくなるような性欲を駆り立てる。男という生物を、女を最大限に使って遊んでいる、まるで小悪魔。

「あー…股間まじ痛い」
「トイレ行こ」
「金兄ずるい!俺が先!」
「お前は部屋で抜いとけ」

ばたばたとトイレ争奪戦が行われ、勝者は上の兄だった。



部屋で一人消毒液に浸したガーゼを耳に当てた。血が出きってもうほとんど出血はない。
血が出ていると自分の中の汚いものが全部外に出るようなそんなイメージが膨らむ。どろりどろりと耳からすべての嫌なことが抜け出してくれるような感覚。今日あったことも、あの男の体温も、そんな風に見られてしまったという自分の隙も全て流れ出てくれている。
そしてうっとりとする。金造と廉造のあの自分を性の対象として見ているあの熱に触れた眼。堪らない。必死にタオルで拭くのをやらしくしないように取り繕おうとしているのがまた可愛いと思った。廉造なんて胸の谷間をしっかり見てしまって顔を赤くしていた。
触りたい?揉みたい?でもあかんで、お前はそんな事するような男ちゃうもんな。
志摩家は勝呂を裏切らない。勝呂は志摩家を見限らない。両方とも分かっている。分かっているからそれがプレッシャーになる。志摩家と勝呂の間に力技など存在しない。だから勝呂は志摩家が好きだった。そうでなくても好きかもしれないけれど。自分を好きな男で、自分を決して裏切るようなことをしない男は好き。その好きな男をからかうのは最高に楽しい。

「自分の嫌いな女使って男で遊ぶとかほんま、きっしょ」

赤く染まったガーゼをぽとりとゴミ箱に落とした。


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