小ネタ | ナノ


小話05


【大人廉造×子供勝呂】


「坊久しぶりやね」
「……おったん」

玄関を開けると志摩がオカンと話とった。手には土産かなんかがあったからそれを渡しにきたんやと思う。志摩の家に行くといつもだらしなく着物を着崩してるんやけど(それはそれでドキドキする)、着物をいつもみたいに着崩してなくてかっこいい。凛々しくて堂々としてて王道のかっこよさって言うんやろうか。でもそれを言うと負けた気になるから絶対に言わない。運動靴を脱いで玄関を通り過ぎる。すると志摩がちょっと待ってとついてきた。

「坊の部屋は変わってへんね」
「一か月やそこらで変わらん」

俺がドアを開こうとしたら、後ろからぬっと出てきた手の方が早くドアを開いた。部屋は志摩のいう通りなんも変わらずいつも通り。ベッドも本棚の中身すら一ヶ月では変わらへん。
そのまま座らせるのもなんやから座布団を敷こうかと思ったけど、ベッドに座ってええ?って先に聞かれたからそのまま頷いた。着物の上に羽織っていた上着を脱ぐ姿は様になっててついつい見惚れてしまう。大人の色気っていうんやろうなぁ、こういうの。

「なん、惚れてまう?」
「え、な、そ、そんなわけあらへんやろ!」
「あははー俺の事かっこええて本音言うてええのに」
「しらんわ!」

心の中を見られてるようで気まずい。
最近志摩と一緒にいるとぎこちなくなる時がある。目が合うと心の内を全て見透かされてしまっているような気がするし、一つ一つの動作に意味があるみたいでなんでも意識してしまう。そんな自分が嫌であんまり志摩のところに行かなかったりするけど、志摩はなんとも思ってへんから遊びに来てくれる。でも、ドキドキする。なんにも悪いことしてへんし、隠す事なんてあらへんのに。

「ここんとこ全然遊びに来てくれへんやんか」
「志摩、仕事で忙しいて聞いてたから…」
「そんなん気にせんでもええのに。金兄には会ってるやろ?」

志摩の上の兄貴の金造から「いっちょ前に忙しい振りしとるわ、なんや出張もあるて言うてたし」って聞いてたからほんまに忙しいんやなって思ってた。金造はようけ電話もメールもくれるから最近頻繁に会ってるかも。ライブもつれていってくれるし、趣味があうから。

「あー、まぁ」
「ほらぁ、金兄も忙しいのに会ってるやん」
「え、金造忙しいん?」
「せやでー新人監督任されて家で苛々しとるもん」

金造はいつも笑って俺に会ってくれるからまさかそんな大変なときやったなんて知らんかった。あんまり仕事の愚痴とか聞かんし、忙しい気配すら感じひんかった。俺がライブ行きたいって言うたから無理してくれたんかな。金造は優しいから。
いきなりバイブの音がして志摩が「電話やからとらしてな」と言って了承も得ずに電話に出る。まぁ、ええけど。

「ああ、昨日はお疲れさん。昨日かなり酔ってたけど帰れた?……あはは、浮気てなんなん〜。……んー?実家におるよ。うん。………そのことはまた今度な。朱美ちゃんも予定空いたらで。はは、はいはい〜」

薄ら漏れる声と出てきた名前ですぐに電話相手が女の人だという事が分かった。そして昨日の夜、一緒にお酒を飲んでいたことも。ぐるぐるとなんだか胸の中で渦巻いてて気分は優れない。
その「朱美さん」はどんな人なん?志摩にとってどういう存在なん?昨日はなにしてたん?なに話てたん?何時まで一緒におって、どうやって知り合った人なん?聞きたいことがもやもやと出てくるけど、そんなにいっぱい聞けへん。聞いてええことなんか悪いことなんかも分からん子供な自分がおる。大人の付き合いなんてそんなん分からんから想像しかできんもん。

「…電話そんだけでええの?」
「ん?ええよ。昨日お互いちゃんと帰れたかなって報告だけ」
「ふーん……」

その人は志摩の彼女なん?やからそんなにさらっとしてんの?さっき浮気って言葉もあったし。そんなん別に俺に関係のないことやし、志摩がなにしようが俺の知ったことやないし…。別に、別に。

「なぁなぁ坊、手ぇ出して」
「は?」
「はよはよ」

志摩の言うとおりに手を差し出すと、その手の中にポロリとピアスが転がった。シンプルなデザインでめっちゃ綺麗なやつ。ピアス欲しいって言ってたやろ?やから買ってん。そんな言葉を貰ってさらにピアスを貰えるなんて。テンションが一気にあがった。きらきら光るそれをじっと見つめる。志摩が俺のために買ってくれたピアス。めっちゃ嬉しい…!

「あ、ありがとう!でも、いきなりなんで?」
「最近遊んでくれんから機嫌とり」
「なん、それ」
「坊が構ってくれんかったら俺寂しなんねん」

なんなんそれ。俺が志摩んとこ行ってへんの気にしてくれたってことなん?ピアス見てたら俺の事思い出して買ってくれたってこと…やんな?それって頭ン中に俺がおるってことやんな?さっきぐるぐる渦巻いてた気持ちはいつの間にかなくなってた。「おいで、つけたるから」と手招きされるがままに自分もベッドに行く。今つけているピアスを外して貰ったピアスを志摩の元へ戻した。
耳に志摩の手が触れる。くすぐったくてすくんでしまったけれど、志摩はお構いなしにピアスを嵌めるわけでもなく耳を触る。

「し、志摩くすぐった…っ」
「坊って耳弱いねや」
「やめぇって」
「耳弱いのにこんなにピアス空けてもて…ま、ええか」

なんかに納得してピアスを嵌めてくれた。志摩の大きな手が自分の耳を触っているだけでなんだか恥ずかしくてつい目を逸らしてしまう。顔が近い。ピアスが中々嵌らんみたいで顔がより一層近くにある。いつものにこやかな顔やなくて滅多に見れん真剣な顔。仕事中はこんな顔ばっかりしてんのかなとか考えて思考をずらしてみるけど、やっぱり息をするのも気を使う。

「志、摩……あの、まだなん…?」
「んー……どうやろ」
「ど、どうって」
「うそうそ、できたで」

じ、と顔を見られて男前になったでと言われたところで一番恥ずかしくなって、ようやくゆっくりと心が落ち着いていく。志摩が近くに居過ぎるとだめだ。最近なんだかよくわからないけれど志摩との距離感が分からなくなっている。昔はいつも一緒にいて楽しんでいたのに、その感情だけじゃなくなった。じゃあなにが追加されたのかと聞かれるとわからない。

「ほんまありがとう、大切にする」
「毎日つけてあげてや」
「勿論」
「ほな俺これ渡したかっただけやし帰ろうかな」
「えっ」
「なん、俺が帰ったらさみしい?」

にやにやと笑いながら上着を羽織る志摩にそんなわけないやろと強がった。
志摩が帰ると言うとざわりと落ち着かない。寂しい、と素直に言ったらきっと気持ち悪い。でも、本音はそうだ。距離感が分からなくて緊張するくせに傍にはいて貰いたい。そんな我儘な気持ちが芽生えとる。

「べ、別にそういうわけちゃうから」
「…電話してええ?」
「電話?」
「そ、電話。夜とか暇なとき構ってや」
「しゃ、しゃーないな」

子供扱いされるように頭を撫でられるけど、嬉しい気持ちがある。志摩が俺のことを気にかけてくれとるってだけで心が浮つく。最近会ってへんのとか、分かってくれてるんや。志摩ともっと一緒におりたいけど、なんでそう思うんやろって考えると心がくすぐったくなるからいつも考えるのを止める。


ああこの気持ちなんなん。


<了>

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