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ここでは息が出来ますように


※お金持ちの壮五さんが商品になってしまった環くんを買い取って一緒に住むパラレル話。とある世界のとある国での話と思っていただければ。壮五くんが女の人を買いに行く表現がありますのでご注意ください。



「これはこれは、逢坂家の方が来てくださるとは!」

 地下の階段を下りて薄暗い廊下を歩き、さらにまた下りる。案内された通りに進み、ようやくここが終着点らしい。地下だが大ホールに輝くシャンデリアがあって、まるで昼かと見間違えるほど明るい。蝋燭の光だけのような薄暗い路を通ってきたから目が慣れずに細める。

「初めてです。誘っていただいて寄ってみたのですが、良かったのでしょうか」
「普段は招待状をお送りしているのですが、逢坂さまなら問題ございません。このようなものには興味がないと思っておりましたので招待状もお送りせずにおりましたが、」
「ええ、その認識で合っていますよ。本当に、今日だけの興味本位なんです。ルールもなにも知らない僕なんかが来る場所ではないというのに。今日は雰囲気だけ楽しませていただきます」
「是非。気になるものがありましたらお申し付けください」

 挨拶もそこそこに、広い部屋の中心へと進む。護衛は部屋の隅に待機させた。たくさんの護衛がいて、パーティー会場にいる人たちの地位がどれだけのものか分かる。
 シャンパンを貰い、チーズを口にする。喉が潤ったところで周りをぐるりと一周見渡した。きらびやかな部屋、ピアノの生演奏、人々はドレスコードを守っていて、美しい花が生けられている。正装とまではいかないが、ぎりぎりドレスコードに反しない服装をしていて良かった。
 端から見ると本当にただのパーティーのようだけど、長方形の部屋の二面に座る人たちは明らかにパーティー目的ではない風貌だ。
 ドレスを纏った可愛らしい少女。タキシードを着た少年。椅子に座らされて手足首にはベルトが嵌められ、そこから細い鎖で繋がれている。座っている前にはテーブルが置かれ、名前、年齢が書かれてあってまるで檻のないペットショップだ。
 ここはただのパーティーではない。人を売買することを目的としたパーティーなのだ。
 本当はただただ夜が寂しくて、今夜の供を求めてに深夜に外に出た。家に呼ぶこともできるが、他人が自分のテリトリーに入ってくるのを好まない僕は店に出向く方が好きだった。いつもの女性を指名し、明け方にはまた家に帰ろうと思ったが、今日はそれが叶わず今に至る。
 いつも行く店は路地の奥にあり、大通りに車を停めさせて徒歩で向かう。車を降りて歩いていると、知っている面子がとある建物に吸い込まれていくのを見た。そうするとその内の一人と目が合ってここの存在を教えてくれたのだ。「壮五くんはペットを一匹も飼っていないだろう。愛玩動物がいれば気が安らぐときもあるぞ、まぁおいたをされると腹が立つがね」と、僕よりも遥か高い地位のその男は笑いながら言う。そういうものですか、と答えると、そういうものだとも、と言いながら中へ話を通してくれてここにいるわけだけれど。

(悪趣味をせめてもの品で覆い隠しているだけだな)

 人の売買なんて胸くその悪いものだという認識があったが、そこまで酷い扱いをされてなくて少しほっとした。それでも彼らの目に生気が宿っているかと問われればなかなかに難しく、やはりあまり良い気はしない。誘われて断れなかったからといってくるんじゃなかった。
 ため息をアルコールで流し込んで、今度はクラッカーを手に取る。食事は好きではないが、食べないと倒れてしまうということは分かっている。今日も夕食を抜いているし、昼もそこそこにしか食べていないので、こういう軽食でどうにか腹にものを詰め込んでおかないといけない。生ハムとキャビアが乗っているもので、塩気を欲していた僕にはちょうど良い。


ぐ、ぐううぅううう


 口に運ぼうとした瞬間、ホールの生演奏に負けないくらいの音が後ろから聞こえてくる。何の音だと音源を探すと、そこには一人の男がいる。買う側も売られる側もドレスコードを守って綺麗に着飾られているのに、一人だけ、違う。一応スーツを着ているけれどよれよれでぼろぼろ、ボタンも留まっていない。髪の毛は切られていないから前髪が目の下まであるし、後ろも長い。そして鎖も細いものではなく、太くて頑丈そうなものに変えられている。

「……お腹すいてるの?」
「うっせー」
「まだ口をつけてないから、いる?」
「えっいーの?」
「えっだめなの?」
「知らねー」

 売られている側は確かに食事をしている人がいないな。でもそこまで大きなお腹の音を鳴らしているのに、一人だけ食べることもできない。ルールを知らない若造ということで多目に見てもらえるだろうし、食事を与えることが重罪なわけはないし良いか。

「どうぞ」
「もっかい聞くけど、いーの?」
「良いよ」

 人生で初めで聞いたんだよ、そんな大きなお腹の音。僕なんかよりも彼が食べた方が良いに決まっている。クラッカーを彼の口許に持っていくと、あが、と予想以上に大きな口を開けて僕が数口で食べるものを一口でぱくり。指まで食べられるかと思ってすぐに引っ込めたけど、引っ込めなかったら確実に食べられていたと思う。

「う、うめー! これなに? めっちゃ美味い!」

 ごくん、と喉仏が上下したと思ったら、ぱああ、とまるで光を放つようにして笑顔になる。なんだ、この笑顔。クラッカー一つでここまで美しい笑顔が出来るなんて。長い髪の毛の間からうっすらと見える水色の爽やかな瞳が、とろけるような輝きを持つ。

「君は……、とても美味しそうに食べるね」
「こんな美味いもん食ったことねぇし」
「逢坂さま!」

 慌てた顔でオーナーが僕の方へと向かってくる。なにかあったのかと少し緩んだ気を引き締めた。

「どうかなさいましたか?」
「なにかこの男が無礼を働いたのではないかと思いまして」
「? いえ、なにも」

 オーナーの様子からして何かあったわけではないらしい。
 彼は商品として売り出されている子たちよりも整った服装や髪型をしていない。服は無理矢理着させたようだし、よくよく見ると汚れはしっかりと目立つ。長い髪の毛はぱさぱさで手入れなんてしていない。顔や手に掠り傷もあるし、商品として並んでいるのにおかしいと思っていた。

「これも商品として売っておりますが、逢坂さまならもう少し良い商品をお出しできます。さぁ、こちらへ」
「彼にはなにか? 風貌が明らかに他とは違いますが」
「その、これはとても乱暴者でして。ここに連れてくるのにも四人の男が必要でした。身なりの良い服は嫌いだとか髪の毛を触られるのは嫌だとか。乱暴者で我儘で、年も十九になります。若くもなく謂わば売れ残り、と言っても過言ではございません」

 なるほど、合点がいった。
 ボタンがとれた服装もボサボサの髪の毛も、擦り傷も。みんな彼が抵抗した立派な証というわけか。こんな風に鎖に縛られて売られろと言われればそれは抵抗するだろう。周りの者たちが大人しく座って着飾られているのは、もう抵抗する気力すらなくなり、絶望を刻まれているからだ。

「君、名前はなんというの?」
「……たまき」
「環くんか、素敵な名前だね。お腹いっぱいご飯を食べたくないかな?」
「逢坂さま!」

 彼の前に置かれている値札はとても安く、無駄遣いをしない僕には張り切らなくても買えてしまう額だ。こんなにも安く人間が買えてしまうことに悲しみすら覚える。

「それって俺を買うってこと?」
「僕じゃだめ……かな、」
「飯食わしてくれんの?」
「うん。満腹になるまでいっぱい食べれるよ」
「……なら、行く」
「交渉成立だね」

 安心させるように微笑むと、彼のぐっと強張っていた肩の力がフッと緩んだ気がして僕が安心した。
 今日彼をうちに呼べると思ったのに、支配人は僕が酔って正常な判断が出来ていないと思ったらしく明日の引き渡しになった。こんなシャンパンで酔うほど弱くないし、僕は正常な判断出来ないほど酔っ払ったら記憶がなくなって呂律が回らなくなるんだよ。まぁ知らない男に恥を伝えるのも憚られるし、彼を迎え入れる準備もしなくてはいけないから明日というのでも全然問題はない。

「明日ご自宅までお運び致しますから、本日はどうか落ち着かれてはいかがでしょうか」
「酔ってもいないしとても正常な判断を下しているつもりですが、良いでしょう。そうだな、昼くらいに彼を迎え入れます」
「かしこまりました」


    *    *    *


「えっ! 壮五さまが人間をお買い上げされた!?」
「しーっ! 今日の朝礼でお話しされてて、だから朝から大忙しなのよ」
「あーん朝礼出たかった! 愛玩用として、かしら。どんな可愛らしい人を……」
「十九の男の人らしいわよ」
「えっ!!」
「みんな混乱してるから、貴方も働きながら混乱してちょうだい」
「仕事中にすみません、お風呂を沸かしておいてもらえますか?」
「「はい!」」

 玄関の窓拭きをしていたメイドたちにそう伝えるとびくり、と肩を揺らしながらも良い返事が返ってきた。あの子の噂をしていたのかな。
 朝、執事に一人住人が来る旨を伝えたところ、すぐさま部屋をあけて掃除をしてくれた。客が購入した商品になるからお風呂に入れてくれているとは思うけど、念には念を入れておこう。

(安易すぎたかな)

 酔っていたわけじゃなかった。酔っていたわけじゃなかったはずなのだ。最近買い物をしてなかったからしたかったのか、はたまた本当に犬猫のようにペットが欲しかったという深層心理でもあったのか。他人を家に上げるなんて。しかも一緒に暮らさなければならないのに。

「壮五様、お着きになられました」
「そう」
「ただ、あまりにあまりな格好なので先にお風呂に入って貰って頂いた方が賢明かと」
「任せる。あとこの封筒を渡してくれ、彼の料金が入っているから」
「承知しました」

 自分で行く気にもならずに任せてしまった。
 昨日、あの場にいたときは絶対に彼をここに連れて来たいと思ったのだ。彼はあんなところにいてはいけないと。それでももう少し考えるべきだったと今となっては思う。本当に酔っていたのか。酔って人一人の人生を買ってしまっただなんて、僕は酷すぎやしないか?
 デスクに広げていた仕事を着々と処理し、積まれていたものはもう残り数束になった。こめかみを押さえてからその束に向き合おうとしたが、ばたばたと慌ただしい音が聞こえてきて、ココココン、と非常に早くノック音が聞こえ、ガチャ、と扉が開かれる。

「失礼致します」
「どうかしたの?」

 執事はおはようと言うときからおやすみと声をかけるまで常にオールバックは乱れたことはない。そのオールバックから二房髪の毛が垂れていて一体どうしたというのか。執事に問うてみたが、とりあえず原因は彼だろうなと思っていたら案の定で、風呂場に向かった。そこには隅で膝を抱えて周りを威嚇している彼の姿がある。メイドたちは怯えてしまって遠巻きに彼を見ているだけだ。

「入浴していただこうとこちらにご案内したのですが、お風呂が好きではないらしく……」
「そう。彼に話をさせてもらって良いかな?」
「かしこまりました。なにかございましたらすぐにお声かけください」

 洗面所の扉を閉めて二人だけになった。ぐるる、と聞こえもしない威嚇の音が聞こえてしまう。

「こんにちは。昨日会ったの覚えてる?」
「覚えてる」

 彼は昨日のままだった。いや、服が昨日より汚れて破れているところがある。またなにかあったのだろうか。

「自己紹介が遅れてごめんね、ここの家主の逢坂壮五です。昨日、言い方が悪いけど君を購入させて貰いました」
「しってる。おっさんが驚いてた」
「おっさん?」
「俺を商品にしたやつ。やっと決まったから喜んでた。俺、売れなかったから」
「そう」

 そういえばそんなことも言っていたな。売れる商品か売れない商品かなんてことは僕には関係がないことだけど。

「だから、あんたが買って飯食わしてくれるって言ったの、驚いた。なんのために? 俺の臓器目当て?」
「ぞ、臓器!? とんでもないことを言わないでくれ。とりあえず君に危害を加えるつもりは一切ないんだ。まず身なりを整えてから話そうかと思っていたんだけど、お風呂嫌い?」

 思いもしないことを言われてつい焦って声が裏返ってしまった。そうか、彼らにとってはそういう末路を辿ることも考えて生きていたのか。そう思うと胸の辺りがぎゅっと痛くなってくる。そんな恐怖と戦う彼を、安易に一晩一目見ただけで買ってしまったことにやはり後悔がある。それでも彼に安心できる場所を与えてあげたいとも思う。

「風呂、寒いから嫌だ」
「寒くないよ、お風呂だから」
「水じゃねーの?」
「お湯を使うよ。いつも水で洗ってたのか?」
「お湯なんて滅多に使わしてくんなかったから。最近寒いし、風呂、入りたくなくて。昨日も嫌だったけど、臭いからってあいつら水かけてきて」
「酷いな。大丈夫だよ、ちゃんとシャワーも湯船もお湯を使うから温まってきて。もし君が嫌がるなら誰もここにはいれない。でも使い方がわからなかったら困るから、許してくれるなら一人だけここに執事をつけて良いかな?」

 そういうとコクン、と頷いてくれた。
 メイドの方がきめ細かく世話をしてくれそうだが、ここは同性の方が良いだろう。一人呼びつけて彼の湯浴びを手伝うように伝える。

「俺、汚いから風呂場汚すかも」
「汚れを落とすためのお風呂場だから気にしないで。分からないことがあれば彼に聞けば良い。僕は外で待ってるからね」
「ん」
「髪の毛も長いね、良ければ切らせて貰っても良い?」
「邪魔だったから、切ってくれんなら嬉しい」

 美容師を一人寄越そう。すぐに来てくれれば風呂上がりに間に合うだろう。服はメイドたちが見繕ってくれるだろうし、問題無さそうだ。

「風呂に入って髪の整えて……あああと爪も整えてあげて。彼の嫌がることはしないでくれ。それが終わったら食事にする」

 そういって洗面所を後にしたけれど、なんだか心がふわふわと心許なく揺れている。でも、その浮つきは嫌な感じではなかった。浮わついたついでに彼の部屋になるところを見に行こうか。もう掃除も終わっている頃だ。自室の前の部屋が丁度空いていたから、彼の部屋にした。僕の部屋より一回り小さいけれど、くつろげる程度の広さはあるだろう。
 きぃ、と扉を開いてどんな部屋なのかを見てみる。本棚には英書があるけれど、彼には難しそうだと思うものは全て退けた。どれだけの期間を商品として生きてきたのか分からないが、高等学校等に入って勉学を学んできてはいないはずだ。すかすかになってしまった本棚には、悩んで図鑑などを置いた。それでも空いた空間には小さな植木鉢を。ベッドと机はそのままでも良さそうだ。
とても殺風景だから、これから彼の好きなものが増えていけば良いと思う。好きな本とか、ポスターとか置いてくれれば良い。あぁ、彼は音楽なども嗜むのだろうか。趣味が合えば良いけれど。
 温度のない部屋を出て自室に戻り仕事を始める。仕事を早く終わらせたいと思うのは久しぶりだった。



「環さま、とても美しく凛々しくなられました」
「そうなの?」
「はい。他の者も一歩引いておりましたのに、今では我先にと」
「はは、会うのが楽しみだ。ここに慣れてくれると良いけれど」

 メイドたちは案外流行りものが好きで、素敵なものや格好いいもの、可愛いもの、美しいものに目がない。そしてその鑑定眼は鋭いから凄い。環くんが彼女たちのお眼鏡に敵ったのであれば第一関門突破といったところだろう。

「壮五さま、結局環さまをどうされるおつもりで?」
「そうだなぁ」
「愛玩用にだなんて、旦那さまはきっと許されませんよ」
「彼のできそうなことをとりあえず探そうかな」
「出来そうなこと?」
「そう、まずは僕との食事かな」
「……しっかりお考えくださいませ」

 久しぶりに行くダイニングルーム。十人くらいが座れる長机。窓からは庭が見えるようになっていて、さっぱりと髪の毛を切った環くんが窓を見ていた。後ろから見ても首が見えないほどの長さだけど、ぼさぼさだった髪の毛は大人しくなっていた。

「環くん、お待たせ」
「ん、」
「えっ!」
「え?」

 近付くと僕の方を向いてくれて、ようやく彼の顔をきちんと見れた。
 すると、思った以上だ。思った以上に顔が良い。ビックリする。これはメイドたちも認めるわけだ、と、思えるほどの整った顔立ち。ぴょんと跳ねているけれど少し長い髪の毛がとてもよく似合っていて、なんというか、顔面の破壊力が凄い。背も高いし細いけど健康的な厚みはあるし、普通にイケメンと言われるような男じゃないか。メイドたちが用意したのだろう、スラックスにシャツとジャケット。シンプルな服装は彼を引き立たせている。

「あ、いやなんでもない」

 メイドたちが「壮五さまは環さまの美しさを見抜いてらしたのね」や「私たちはまだまだね」なんて言っているけれど、僕が一番驚いている。ぼさぼさ頭の真っ黒だった子がまさかこんなイケメンだと思わないだろう。

「俺、変?」

 僕が環くんのかっこよさに動揺してしまったからか、不安そうな顔をする。その顔も格好良いなと思ったけれど、思っている場合じゃない。

「変なもんか! とても格好良くなって吃驚したんだ」
「本当?」
「本当だよ。ほら、ここに座って」

 彼を座らせてから正面に僕が座る。
 するとさっそく目の前に遅めの昼食が出てくる。スープ、サラダ、チャーハンと目の前に置かれると、目の前の彼は昨夜と同じ、キラキラと輝く目を見せてくれた。

「う、美味そう」
「みんな下がって。何かあったら呼びます」

 ようやく二人きりになれた。少し話をしたいけれど、彼はもう待てそうにもないし、待たせる気もない。

「食べて良いよ。いただきます」
「いただきます!」

 環くんは勢いよく蓮華を持ってチャーハンを口に掻き込んだ。ハムスターか、と思ってしまうほど口にいれて、頬をいっぱいにして幸せそうに食べる。喉につまらないかとひやひやするけれど、ちゃんと飲み物も飲んでいるし大丈夫そうだ。

「おいしい?」
「めっちゃ美味い! スープも美味い!」
「ふふ、良かった」

 半分くらい食べたら、今度は味わうようにして胃に送り込んでいる。本当に嬉しそうに食べるものだから、つい自分のスープを差し出すと、嬉しそうにそれも飲んでいく。

「? あんた、食わねぇの?」
「ああ、食べるよ。もしそれでも足りないならおかわりもあるし……あ、でもデザートもあるから腹八分目にしておいてね」

 デザートもある、ときらきらと輝く目は、持って生まれた蒼い瞳の美しさだけではない魅力を引き出す。昨日よりしっかりと見えるたれ目は優しそうな、人懐っこい雰囲気を醸し出し、絆されてしまっても良いと思わせるのは一種の才能だろうか、僕が安易なのか。

「あんたも美味い?」
「美味しいよ。こんなに美味しいもの、久しぶりに食べた気がする……」
「良かった」

 蓮華に女性が食べるくらいの一口を置いてゆっくりと口にした。美味しかった。ただの、たまに食べるチャーハンだけどとても美味しく感じた。
 彼がどんなものが好きなのかわからないから、とりあえずたくさん食べそうだし好き嫌いがなさそうなチャーハンを頼んだのだけれど、久しぶりに食べるそれは思った以上に脳に味を届けてしっかりと旨味を感じることができたのだ。

「僕も少しだけおかわりしようかな」
「……おれ、俺もしていい?」
「勿論」

 メイドを呼んで、環くんは大盛り、僕は少しだけおかわりをした。僕が食に動かされるのなんてどれくらいぶりだろう。メイドも驚いていたけれど、僕自身も驚いているよ。

「めっちゃ食った」

 二杯目の杏仁豆腐を食べながら、環くんは至福の時間を過ごしているかのような顔でそう呟いた。結局話はせずに黙々と食べてしまったので、コホンと咳払いをしてから話をする態勢になる。

「環くん、これからの話をしようか」
「これから……」
「そう。僕は君を買った。だから君を好きにできる権利がある」
「……」
「この家ではなにもしない人間は淘汰される。なにかできることを見つけてチャレンジして欲しい」
「とうた?」
「ええと、この家にとって利益になる働きが出来なければ捨てられてしまうってことかな」
「俺、なんも出来ねぇ……」

 スプーンを置くカチャリという弱々しい音と同じくらい不安定な声色で彼は声を出した。ずっとオークションに出されて劣悪な環境にいたのだ、何が出来て何が出来ないのかも分からなくて当然だ。事実とはいえ、不安な彼にいきなり厳しいことを言ってしまった自分にミスがある。

「少しずつ、慣れていこう。すぐに出来なくても良いんだよ。一つ一つチャレンジして、失敗を繰り返して成功していこう、ね?」
「そんなんで、いいの。そんなんで、あんたは俺を捨てたりしない?」
「捨てるもんか! 君がこの家にきてくれて良かったと思ってるんだよ」
「嘘だ。俺、ここに来てからなんもしてねぇ」
「してくれたじゃないか」
「え?」

 身に覚えがない、というような顔で僕を見る。家に入れてくれて、風呂に入らせてくれて、髪の毛を切って、服を着せて、飯を食わせてくれたのは全部あんただろ、と僕が与えたことを言い上げてくる。ちゃんと人からの施しを受けているということが分かるというのは良いことだ。傲慢ちきの人間はそれすらも忘れてしまうものだから。

「君は僕と一緒にご飯を食べてくれたじゃないか」
「それがなに」
「久しぶりに美味しいご飯を食べれたよ。君が僕の前で美味しそうにご飯を食べてくれたから、僕もご飯食べたくなったんだ。ありがとう」

 食が細く、おかわりなんてどれくらいぶりだろうか。食事をしても良し悪しは分かるが美味しいとは全く感じてこなかった。それなのに、彼が食べると美味しそうに見えてきて自分も食べたいと思った。昨日、彼に与えたクラッカーがとても美味しそうなものに見えたのだ。

「そんなことで……、」
「君と僕とでは、きっと価値観がかなり違うからね。環くんがそんなことと言うことが僕にとってはとても重要だったし、その逆だったり。一つずつお互いの事を知っていこう」

 ここは僕の城だ。きっと環くんを守れるし、大丈夫。彼となら楽しく過ごせる気がする。

「分かった、やってみる」
「うん、よろしくね」

 届かないので少し身を乗り出して手を差し出すと、おずおずと環くんも同じようにして手を差し伸ばしてくれた。自分より温かく大きな手に触れ、喜びの感情が心を巡るのが分かる。

「あんたのこと、なんて呼んだらいいの」
「なんとでも呼んで良いよ」
「そうご、だよな。じゃあそーちゃん」
「そ、そーちゃん……」
「だめ? あ、ご主人様とかのが方が良いんかな」

 そんなフランクな呼び方で呼ばれたのは生まれてはじめてだ。同年代の人からは大体逢坂と名字で呼ばれていたから下の名前で呼ばれること自体珍しいのに、あだ名だなんて。きっとここはご主人様とかの方が良いのだろう、けど。

「ふふ、時と場所を考えてくれれば良いよ。またマナーの勉強もしようね」
「俺、勉強苦手だ……でも頑張る」
「うん、僕も手伝うよ」

 そうして僕のことをそーちゃんと呼ぶ、人売りから購入した環くんとの生活が始まった。





<了>



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