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悶々の一時間弱



「…………へーそれはご飯大変だねぇ。メッゾはそういうことある?」
「そうですね、僕たちの場合は……」


 生放送。ライトが熱く、人の視線も熱い。皆が皆、きらきら輝く第一線で活躍する人たちばかり。その中のいれることが誇らしく、嬉しくなる、そんな番組中だ。
 雛壇に座って他のアーティストの話を聞いているときに、こっちへ話をふられた。それにそーちゃんは危なげもなくするりと解答するから、俺はそれにふんふんと頷く。とても無難な受け答えだった。


 平然と司会者と話してるこの男と、昨日、俺はセックスした。


 俺も成人して、勿論向こうもとっくに大人で。もう子供じゃねーんだから、誰となにしてどうなってても不思議はない。だけどそーちゃんは潔癖で、パーソナルスペース広々で、誰にも触らせなくて、そういうのに疎い。……というイメージがあった、少なくとも一昨日までの俺の中には。

「なるほど」
「僕らも好物が違いますから、居酒屋とかの方が食べたいもの食べれていいんですけどね」
「ほんとそれ」
「でもメッゾさんは仲良いから、これ食べたいって言ったらどっちも譲り合ってそう〜」
「はは、確かに。では◯◯さんはスタンバイですね」
「はーい」

 今から歌うアーティストに軽くお辞儀をして司会者のアーティスト紹介を聞く、ふりをする。今から歌うこの人は若い子なら誰でも知ってるような有名な歌手だ。綺麗に巻かれた髪の毛が女の子らしく、なによりぱっちりした目が印象的。


 にこにこ笑うこの男、めちゃくちゃセックス上手かったです。


 男として上手いってどういうこと? んで俺の部屋からここまで、それこそ本番の今この時間まで何気ない、平然とした顔をしてるのもなんで? 場慣れしすぎじゃね? 悩み考えることはとても多い。疑問が悶々と頭のなかで渦になってるんだけど、生放送中に聞けるはずもない。曲が始まり、色とりどりのライトが会場を包む。アップテンポのある曲だった。

「環くん、移動だよ」

 耳元でそーちゃんの声がして、たぶん心臓が五センチくらい上下に動いた。胃も下の方に移動したと思う。すぐ目の前を見てみるとスタッフさんから移動の指示が飛んでて、慌てて立ち上がってぽっかり空いた司会者の横に俺とそーちゃんが並ぶ。またアーティストに目をやって、とりあえず周りと同化するように手拍子をした。この曲は知っている。街を歩けばこの曲がよくかかっているから。昨日そーちゃんと歩いてるときにもかかってたと思う。
 耳が熱い。まだその熱さが抜けてくれない。
 昨夜、あの薄い唇から普段聞いたことのないような声が出たのを俺はしっかり覚えているし、たぶんずっと忘れられないだろう。歯が見えたと思ったらそこから熱い吐息が出たのを、ひたすら反芻させるのだろう。ノリの良い曲に合わせて手拍子をしているその手を、俺が汚したことをずっと思い出すのだろう。
 ため息が出そうになるのをぐっと堪える。自分にスポットライトが当たってないからといって手を抜いてはいけない。今は生放送中だ。いつカメラが俺を抜くのかわからない。ファンには誠実に誠実に、うん、誠実に。
 それでも考えることだけはどうしても止められない。
 そもそも、そーちゃんの恋人事情なんて聞いたことがない。出会って結構経つけれど、出会う前だとか、出会ってからだとか。浮いた話は一切なかった。俺が知らないだけかもだけど、本当に一切を匂わせなかった。ヤマさんとかみっきーに聞けば分かるかな、はぐらかされるだろうな、でも本人に聞くことはなんとなく出来ない。聞きづらい。うーん、解決しない。
 遊んでそうな感じはなかったと思う。俺も成人してから女の子と遊んだりしたけど、なんとなく分かる。あ、この子遊んでんな、慣れてんな、っていう雰囲気。特に芸能人とかアイドルとかなら余計に。ここはよく写真撮られるだとか、このルートは大丈夫だとか。こういう業界ならではのことを知ってたりするから、そういうのを毎回気にして会われるとなんだかなぁって思ってテンション下がる。あと女の子は駆け引きが大好きだから、俺はよく分からないまま好かれてよく分からないままフラれたり、怒られたりすることもある。これは俺の人選ミスもあるんだろうけど。
 おっと話が逸れてしまったぜ。
 ちょうど歌が終わってカメラがこちらへと向く。司会が恋歌のランキングを発表してモニターに映像が流れる。そういうときも、ワイプで映るから顔はちゃんと作る。考え事をしている顔なんてもっての他だ。

「この曲、陸くんがよく歌ってるよね」
「……おー、風呂場で鼻歌歌ってるよな」

 だ、か、ら! 耳!! 耳元で喋らないで! そーちゃんが俺に近付いたからか、お客さんがキャーって黄色い声を上げてくれるんだけど、俺の心もキャーみたいな感じだよ。黄色い声のオンパレードだよ。お願いだからドキドキさせないで欲しい、正常な行動ができなくなってしまう。
 んんんって咳払いして、座り直して、よし、大丈夫。これで仕切り直しというやつだ。

「次はメッゾです」
「「よろしくお願いします」」

 話は普通に進んでいく。昔の恋歌はこんな曲で、すごい流行りましたよね、みたいなの。おお、これはチャンスじゃね?

「確かに、今もすごいけど昔もやっぱり恋歌は流行ってたねぇ」
「そーちゃん、そーちゃんの思い入れのある恋歌とかねーの?」
「僕?」

 恋愛遍歴を知らない俺には絶好の機会だ。恋歌と一緒に過去の恋愛話を聞ける。俺ってばちょー頭良い。

「どうなの、逢坂くん」
「そう、ですね。ボクじゃないんですが、友人が食事中に告白するから店で□□さんの曲を流してくれって言われたことがあって。聞き込んで良いタイミングで流せるようにしたっていうのもあって印象的ですね」
「おーロマンチックだね。結果はどうだったの」
「だめでした。帰りに泣きながらカラオケで五回くらい歌いました」

 あはは、じゃ、ねー!! あんたの! 恋愛事情が! 知りたかったの! あんたの友達の話じゃねーよ! いや、そーちゃんにそんな友達がいるって知れて少し嬉しいんだけど、そうじゃない。
 ぐぬぬ、中々難しいな。かわされた。

「では、シーエム後、メッゾで新曲です」

 わー、と拍手と歓声の中、話も終わってしまってシーエムになった。ステージに移動してマイクを持って明けるのを待つ。喉の調子は大丈夫だ。

「びっくりした」
「え?」
「環くんがいきなり質問してくるから」
「あれでびっくりしてたの? すげぇ冷静だったじゃん」
「びっくりしたから友達の話を出してしまったんだよ。しまったな、怒られてしまうかも」

 困った、なんて苦笑いする。なにそれ、可愛い。そーちゃん、大人になるにつれて可愛い顔をするようになった。それはご飯を食べてるときだったり、モデルの決め顔だったり、みんなと何気なく話してるときだったり。場面は様々だけど、昔より笑うことがうまくなったような気がする。
 さん、にー、いち。
 再度俺たちの紹介をしてくれて、曲が始まる。何度も練習して何度も息を合わせた曲だ。目をあわせたい、と思うとそーちゃんも俺のほうを見ててなんだか意志疎通がちゃんとできたみたいで嬉しかった。




「メッゾでしたー。はい、次はーーー」

 パチパチパチパチ、拍手が鳴り止んで下げていた頭を上げてまた雛壇へ戻る。今度は一番上の一番端っこの、カメラがあまりいかないところだ。シーエムのときは一番に写されることが多いから、その時だけカメラ見よう。俺が先に座って、そーちゃんが次に。座ったときにちょんとお互いの小指が触れ合った。本当に少しだけ、体温も分からないくらいの時間。

「あ、ごめんね」
「なんで謝んの。小指が当たったくらいで」
「なんでだろうね、なんとなく」
「こんなんで謝んなよ」

 なんかムッとして、俺はそーちゃんの小指を小指で絡めて動けなくしてやった。ふふふんどうだこれで動けないだろう、とそーちゃんの顔を見たら、なんだか難しい顔をしていた。笑い損ねたような、恥ずかしがっているような、そんな顔。
 太股の隣には絡み合った俺の小指とそーちゃんの小指。
 昨日、しわくちゃになったシーツの海のなかで、その手を縫い付けたことを思い出した。そのときもそう、小指だけはこんな感じで控えめに絡み合っていた。はぁはぁとお互いの息を食い合うようにして口付けしあった。頭のなかで薄暗いあの時の情景が甦る。
 カッと顔が赤くなったのがわかった。そーちゃんの微妙な表情もついでに分かった。俺はすぐに小指を離す。

「……ごめん」
「なんで環くんが謝るの」

 今度はそーちゃんにそう言われて、離れた小指は絡み合うことはないけれどピトリと隣同士でくっついた。う、うわー、なんか恥ずかしい! 俺今恥ずかしい! なんか! なんか!! そーちゃんはもう普通の顔して前向いてるのに、俺だけどきどきして昨日の事引きずってわたわたしてて全然かっこよくないのに、そーちゃんはスマートでなんかかっこいい。
 そーちゃんがかっこいいっていうのも最近思い始めた。なんていうんだろ、職場の上司にしたい芸能人上位に食い込むだけあるなって分かってきた。俺が若いときは口煩いしガミガミ言うしあーもーうっせー! って思うことが多かったんだけど、大人になってからは、こう言ってくれるのは前みたいなミスさせないようにだなとか、言われたら言われただけ俺の事見てくれてるんだなとか、正直有難い。上司じゃないけど、俺の相方がそーちゃんで良かった。


 あぁ、その相方とヤっちゃったんだった。


 あ〜〜〜もうさ、もう。
 なんか頭が追い付かねぇ。考えたら考えるほどわかんねえ。なんでそうなったのか。いや、分かる。簡単だ、酒の力、お酒の。昨日はいつもと少し違った。いつもなら打ち上げがあって飲んで食って騒いでお疲れ様でしたー! はい解散ってなるのだ。俺も親父みたいになりたくないから酔っ払うまで飲まないし、強いらしいからぐいぐい飲んでもほろ酔いがせいぜい。昨日も飲んだは飲んだけど付き合いくらいでそこまで酔わなかったし意識しっかりしてた。それなのに昨日は「ちょっと時間あるからもう一軒いかね?」って言ったんだ。誰が、俺だよ。そうだ俺がそーちゃん誘ったんじゃん! なんで時間があったのかって……デートまで時間があったっていうかデートすっぽかしたの今思い出したー! あ、あああ……。

「た、環くん大丈夫?」
「あ?」
「表情がすごいことになってるけど」
「あー、ちょっと思い出したことがあってつい」

 ごめんファンの皆、いまのキャーには賛同できねぇ。俺の心はキャーよりギャーだ。あと女の子とデートの約束してごめんなさい。彼女じゃないっていうか火遊びの一つだし、男としてステップアップするためのことだと思って許して欲しい。つーかだから着信あんなにあったのか。そーちゃんとアレがコレでそうなっちゃった事実で約束してたことも忘れてたし、マジこれ殴られてもひっかかれても怒れないやつだ。

「もうすぐ終わりだから、頑張って」

 ね、っていうその顔やめてってば。エフェクトかかって眩しいくらいだぜ。本日のインスタ映えはこの顔だってくらい輝いてる。
 デートをすっぽかしたのは後で考えるとして、昨日のことを考えよう。隣でキラキラしてるそーちゃんと今後も仕事をし続けていくんだから、こっちのが大切だ。
 もう一軒誘ってすぐにそーちゃんは付いてきてくれた。それでなんだか二人で飲むのとか珍しくて嬉しくて俺も結構進んじゃって……あれ、ここから記憶があんまりないな。待て待て待て待て。記憶ぶっとぶのはそーちゃんだけで十分だ。相方の俺も二の舞になってどうする。
 頭を抱えたくなったけど、生放送中生放送中、落ち着け、俺。
 えっと、なんかすごくベロベロに酔っぱらって一休みしたいって言った記憶力がある。それからなんかいろいろあって……わーって感じになって今朝、だ。
 今朝、朝起きたらそーちゃんが俺の部屋のベッドで裸で寝てた。息が当たるくらい近くにいて、純粋に綺麗だなって思ったのはしっかり覚えている。年上の相方である男に言うことではないというのが分かる程度に年はとっているつもりだけど、俺にはそうとしか表現出来ない。無意識に顔に手が伸びてて、さらさらな頬の感触を楽しんでしまった。そこでようやく事後の気だるさがあるなと思って我に返ったのだけれど。

「移動?」
「うん、今の人たちが最後の人たちだったから。ほら前に行くよ」

 雛壇から降りてスタッフさんの指示に従う。場所は司会者の隣。シーエム明けたらまたコメントふられるかもだから考えておこう。
 さっきまでそーちゃんの小指とくっついていた自分の小指がじわりと汗をかいている気がしてならない。いやでもここで小指触ると意味深っぽいから自然に自然に。変に思われてないかだけが心配だ。
 ………嫌な考えがふと頭に浮かんだ。俺が記憶あやふやになるくらいだから、そーちゃんもそれくらいかそれ以上に酔ってたはずだ。確か俺の事たーくんって言ってたし。ちゃんと夜のこと覚えてるよな? まさかすっぽり忘れてるなんてことないよな? まさかまさか。
 ……。
 …………。
 ………………ありうる。
 このそーちゃんの落ち着きようはどういうことだ。この男の恋愛偏差値が分からないから、しっかり躱しているのか、本当になにも覚えていないのか。でも小指を絡めたときの微妙な顔……男にそんなことされたらあんな顔になるか。でも部屋で……やべえ部屋でそんな事なにも喋らず当たり障りなく普通に過ごした。夜のことについて一言も喋ってない。
 自分の血の気が引いていくのが分かる。まじで、まじで? 俺今日一日すっげー考えたけどそれ全部無意味かも的な? ショック通りすぎて呆然としてしまう。あの名前呼びあったこととか、キスをねだってくれたこととか、俺を受け入れてくれたこととか、触れることを許してくれたこととか全部なかったことになるの? なんっっっだそれ!
 あーあーもういーし! そーちゃんのばか!
 って終わらせられたら良かったんだけど、もう気付くよな、そーだよ俺そこまで自分に疎くねぇもん。好きだよそーちゃんのこと。
 好きだったんだよいつからか。
 だから最近可愛く見えるしかっこよくも見えるしエフェクトかかってキラキラしてるし、最近特に優しくされたら嬉しいし、なんか時間あったらそーちゃんといたいなって思うし。オーケー分かってるよわかんねぇふりしてても意味なかったし認める。いつかそーちゃんと女優さんの熱愛報道出た時も苛々したし(結局話題作りの誤報だったけど)(さりげなく聞いたけど、すげぇドキドキしたなそういえば)、俺と誰かが何度熱愛報道出てもアイドルっていう自覚はあるんだよね? って言われるだけでショックを受けたわけでもなく、ただただ相方として怒られたのにも苛々した。それってつまりそういうことだろ?

「はい、今日も終わりですがいかがでしたか」

 はっと意識を戻せばもうシーエムは明けていて、司会者の人が名前を言わずとも隣にいる俺にコメントを求めていることが分かった。すべての人の目線が俺に集中してて、少し焦る。やべ、コメント考えてなかった。

「えー、と。濃かった、です」
「はは、それは良かった。ではまた来週」

 エンディングの曲に合わせてカメラが流れて最後は司会者と俺たちを写し、オッケーです、の声。
 今日は本当に長かったような短かったようなそんな時間だった。ありがとうございましたー、とお辞儀をして、舞台裏に帰っていく。途中でそーちゃんが他のアーティストの人と話をしているのを後ろで聞きつつ廊下を歩いた。
 よし、もう悶々するのも嫌だしはっきりしよう。
 楽屋に着いたら鍵をかける。それでまず昨日の事を覚えているか聞いて、どう思ってるか確認。んで、どう思っていようがなんだろうが好きって言おう。こんなにそーちゃんの事考えてるのに俺の事見てくれないなんてやだ。俺の事もっと知って、もっと分かって、好きになって欲しい。そんな風に見れないなんて言われても知らねぇ。じゃあそう見れるように頑張れば良い話だ。男同士が気持ち悪いって言われたら諦める。それはどうしようもないから。でもそれでも俺がそーちゃんの事好きで居続けるのだけは許して貰いたい、俺の諦めがつくまで。でも昨日酔った勢いとはいえヤってしまったから気持ち悪いと言われる線は薄い。
っしゃ、とりあえず、告る。

「環さんも、お疲れっした」
「お疲れさまー」

 楽屋の扉がそーちゃんによって開かれる。
 そして俺によって閉じられる。
 この密室でこれからの俺の人生を決めるのだ。

 パタン。

 ……ガチャン。





<了>

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