「寒いからやだ」
「それくらい我慢するったい!とにかく行くとよ!」
「…ええー…」

こんな感じの会話をずるずると続けていると、とうとう痺れを切らしたサファイアが僕の腕を引っ張って連れ出すという強行手段に出た。ああ、昼間でも寒いのに日が落ちた今はどれだけ寒いのだろうか。考えただけで頭が痛いや。

「ねえサファイア、星なら家の中からでも見れるんじゃないの?」
「今日の星は別格ったい!外で見んともったいなかよ」

腕を引かれるまま、僕は「そう」と短く返事した。そんなに綺麗なのか。ちょっと興味が湧いてきた。

「さ、寒…っ!!」

冷たい夜風に当たって悲鳴を上げたのは、僕ではなくサファイアだった。星に興奮しすぎてたせいか、防寒のことなど全く頭になかったらしい。見ればマフラーも手袋も何にも身につけておらず、とりあえずコートは着ているものの見ているだけで寒々しかった。

「ほら、言わんこっちゃないでしょ」

巻いていたマフラーを外し、彼女の首もとにそっと巻く。首がすっと冷たくなるのを感じたけど、そんなことはどうでもよかった。

「えっ、あっ、こんなん悪かよ…!ルビーも寒いやろ?」
「いや、いいよ別に」
「でも…っ、」
「僕は平気だよ」

だから君が巻いておいて、と告げると、彼女は俯きがちに頷いた。それから、「…あったかい」と柔らかい声色で呟いていた。きっと今のは独り言なんだろうけれど。

そんなやりとりをしていると、すっかり星を見に出てきたことを忘れてしまっていた。
すっと視線を上にやる。と、あまりの綺麗さに息を呑んだ。こんなに綺麗な星空は今まで見たことがない。
 
「…サファイア」
「な、なんね?」
「…星、」
「へっ?…わあ…っ」

大切そうにマフラーに顔をうずめていた彼女が、はっとして空を見上げた。自分から見たいと言っていたのに、どうして彼女まで目的を忘れてるんだ。思わず苦笑してしまう。けど、いいや。だって、星空に照らされた彼女の横顔が、あまりにもきらきらしていたから。

「…星が、」
「ん?」
「星が、降ってきとるみたいやけ」 
「…うん、そうだね」

僕たちはそのまま、その光に包まれたままだった。…どれくらいそうしていただろうか。
時間も寒さも忘れて、降ってくる星にただ身を委ねていた。

「…あんね、ルビー、あたしね…」

そっと囁くようにサファイアが口を開く。なんとなく、彼女が言おうとしていることが分かってしまった。僕がずっと忘れたまんまでいる、あの言葉だ。

「…あたしは……ううん、なんでもなか」

ぶんぶんと首を振って、そろそろ帰ろう?と笑う。僕はうんと答えながら、自分の気持ちについた嘘に見て見ぬふりをした。ごめんねサファイア。僕はまだ、君の隣にはいけないや。
でもね、

「サファイア」

すっと手を差し出すと、彼女は数秒間狼狽え、そしておずおずと僕の手を握り返した。冷えた指先をぎゅっと握りしめる。

「さ、寒かね」
「ううん、あったかいよ」

僕も、君のこと大好きだよ。
なんて。
そんな甘い言葉はまだ、この星空しか知らなくていい。

夜空を焦がした想いは

―――
(20131030)
title:HENCE