※学パロ

好きってどういうことかわからないの。夕焼けに染まる教室で、私はブルーにそう告げた。誰と誰が付き合っただとか別れただとか、そんなことをよく耳にはするのだけど、私にとってそれは別の世界みたいだった。私には、誰かを好きになるとか、よくわからない。一方で目の前のブルーはというと、盛大にため息をついてみせた。

「あんたねえ、年頃の女の子がなに寂しいこと言ってるの?」
「だって、わかんないものはわかんないだもん」
「そうね…例えば、その人のさり気ない仕草にどきっとしたり」
「うんうん」
「無意識に目で追ってたり」
「うん」
「その人の隣にいたいと思ったり」
「…うん」
「相槌のテンションが下がってるわよ」

だって、だってさあ…。そんなのどれも私が知らないことばっかりだもん。理屈ではわかっても、やっぱりわかんないよ。うなだれる私に、ブルーがなまえは感覚が子どもなのよと言う。感覚が子ども?と首を傾げると、ブルーはだからと言葉を続けた。

「だから、なまえは誰か一人とっていうよりたくさんでいる方が好きなんでしょ?」
「まあ、うん。そうだね」
「そういうところが子どもなのよ」
「だ、だってほら!男の子と二人きりとか緊張するし…」

想像しただけでもだめな私は、相当恋愛には向いてないんだろう。そもそも私はあまり男の子と喋ったりする方でもないし。強いて言えば、ブルーと仲の良いレッドくんとグリーンくんとたまに話す程度だろうか。しかもそれもブルーがいる前提の話で。

「まああたし的には、なまえがそのままでいてくれる方が嬉しいんだけどね」

その方が独り占めできるもの、とブルーは笑った。かくいうブルーはグリーンくんとお付き合いしているから、私は独り占めできないのだ。ほんと不公平な世の中だよね、全く。
ぷくうと一人拗ねていると、ブルーに頭を軽くはたかれる。あいたっと悲鳴を上げた私には完全スルーで、ブルーは苦笑いしながら小さく呟いた。

「…でもそれじゃ、レッドがかわいそうよねえ」

ふいに予期せぬ人物名が飛び出してきて、私は話の方向性を見失ってしまう。けれど、何の話?と聞き返してもブルーはただ笑っただけだった。

「ブルー」

ふと、よく馴染んだテノールがブルーを呼んだ。声のした方を見れば、グリーンくんとレッドくんが立っていた。きっとグリーンくんがブルーのことを迎えに来たんだろう。ブルーは席から立ち上がって帰る支度を始める。

「じゃ、なまえ。あたし帰るわね」
「うん。また明日ね」

ひらひらと手を振りながら踵を返すブルーを見送って、私もそろそろ帰ろうと席を立つ。今日ってなんか課題とかあったっけ、とかなんとか考えていると、ドアにいる人物と目が合った。ぱちり。なぜだか逸らせなくて数秒間そのままにらめっこする。

「…レッドくん?」
「…、えっ?」

だんだんと恥ずかしくなってきた私が耐えきれずに声をかけてみると、彼ははっとしたような素振りを見せた。それからおもむろに教室へと入ってくる。そういえばレッドくんといえばさっきブルーが何か言ってたような。結局なんだったんだろう。
オレンジが溶け込んだ教室に二人、なんだかこの雰囲気がくすぐったくて、居心地が悪い。嫌な意味じゃなくて、そわそわするというかなんていうか。ああやっぱり私、だめだな、こういうの。無駄に跳ね上がった心拍数を意識しながら、レッドくんから目を逸らした。

「あのさ、なまえ、さ」
「あ、えっ、はいっ」

逸らした視線が再び彼へと戻される。自分から出る途切れ途切れの返事に情けなくなりながらも、それを深く気にする余裕は、ない。レッドくんもレッドくんで、視線をふわふわさせながら言葉を選んでいるみたいだった。

「俺、その…なまえのこと、」

自惚れ、かもしれない。けれど。
レッドくんが次に言う言葉が私の中に浮かんできて、心臓がどくんと大きく跳ねる。顔もきっと、赤い。上手く夕焼けが隠してくれてますように。

「ずっと前から、好きなんだ」

静かに、でもはっきりと、彼は私に告げた。その柔らかな言葉が私の心に降り積もって、私は私がわからなくなる。こんな気持ち、知らない。わからない。何て言えばいいのかもわからない。焦りと緊張とが混ざり合って、何も考えられなくなった。

「…えっ、と。あ、ありがとう」

相変わらず、音になるのはたどたどしい言葉ばかりで情けない。でもレッドくんはそんな私の言葉一つ一つに優しく耳を傾けてくれていて、心がきゅっとなる。だから、言わなきゃ。わからないなりに、私が思ってることを。

「…だけどね、その…」
「…他に好きなやつでもいるのか?」

だけど、という私の言葉にフられると思ったのか、レッドくんが寂しそうに笑った。そんなことが言いたかったわけじゃない私は、慌てて口を開く。

「あっいや、そうじゃなくて…!その、わからなくて」
「わからない?」
「うん。私ね、好きって気持ちがわからないの」

それから、未だにうるさいまんまの心臓にそっと手を当て、ぽろりと零した。

「…だけど今、すごく戸惑ってて」
「なんで、」
「こんなにね、誰かにどきどきしたこと、ないから」

やっとの思いで告げた私は、頬に熱が帯びるのを感じながらレッドくんを見つめる。と、見つめた先にいた彼が、あまりにも優しく微笑んでいて。とくん、と、大切な気持ちを確かめるかのようにゆっくり跳ねた。

「…じゃあさ、」
「は、はい」
「俺、待つよ。なまえがその気持ちをわかるようになるまで」

えっ、と言葉になっていない音が落ちる。レッドくんは依然として微笑んだままだった。

「でも絶対、なまえに好きだって、思わせてみせるよ」

今日はとっても心臓に悪い日だ。再び主張を始めたそれにそんなことを思いながらも、私のわからないこの気持ちが、恋であればいいと思った。

きっともう落ちちゃってたよ

―――
20130604
好きなんだけど無自覚な女の子のお話