――おかえり、レッド ひどく懐かしいその姿に私は思わず抱きついて、言った。 ――好きだよ * 久しぶりに彼を見た。とは言っても、私は今自室のベッドの上で、カーテンの隙間からは柔らかな日差しが差し込んでいる。要するに、 「夢、かあ」 どうせなら、夢の内容を忘れてくれれば良かったのに。私の頭はもう少し気が利かないのか、なんてむくれつつ、枕元に置いてある時計を見る。普段起きる時間より、いくらか遅い時間を指していた。 そろそろ起きなきゃとは思うものの、起き上がるその動作すら億劫で、私は再び目を閉じる。瞼の裏には、何年も想い続けて、そしてもう何年も会っていない彼の姿が焼き付いていた。胸がきゅうっと苦しくなる。 「すぐ帰ってくる、って言ったくせに。…レッドのばか」 誰よりも強いトレーナーになると言って、彼がグリーンと旅に出たのが六年前。レッドもグリーンも昔からバトルは強かったし、そう時間はかからないだろうなあと思っていた。実際、二人ともすぐにチャンピオンを倒してしまったわけだし。 でも、比較的早く帰ってきたグリーンに対し、レッドは未だに帰ってこない。グリーンによればシロガネ山にいるとかなんとか。 「…どんだけバトル好きなの、ほんと…」 何度かグリーンに連れてってやろうかと言われたけど、私はその度に首を横に振った。だって、行かないでって言った私に、すぐ帰ってくるから待っててって、レッドが言ったから。だから私は、このマサラでレッドに「おかえり」って言いたい。 布団の中で一人、昔のことを思い出してたらなんだか無性に泣きたくなった。これもさっきの夢のせいだ、きっと。だめだだめだと気怠い体を起こす。今日はグリーンのところでも行って気を紛らわそう。 「…ん?」 なんとか私が布団と決別出来たのとほぼ同時に、窓からコンコンという音が聞こえてきた。そう、ドアをノックするような、そんな感じ。ここ二階なんだけど…誰?私は不信感を抱きつつもとりあえず窓へと向かう。不審者だったらどうしよう…。カーテンを掴んだまま動けないでいると、もう一度コンコンと主張してきた。あーもうやけくそだ!と勢いよくカーテンを開ける、と。 「…え?何で…、」 私はまだ、夢を見ているのかな。窓越しにいる人物を捉えたとき、ふとそんな感覚に陥った。記憶の中にいる姿よりも随分と大人っぽくなった彼が、じっと私を見つめている。レッドが、目の前にいる。そう意識した瞬間、私の中に懐かしさや愛おしさが込み上げてきて、息すら上手く出来ていない気がした。 レッドは相変わらずの無表情のまま窓を指差し、それから口パクで「開けて」と私に伝えた。私はちょっと待って、なんて言いながら慌てて窓を開ける。穏やかな風がふわっとカーテンを揺らした。 「レッド、なんだよね…?」 問うた私の声は、心なしか震えていた。レッドは少し微笑んでから、ゆっくりと頷く。そして次に届いたのは、私が一番聞きたかった言葉。 「…ただいま、なまえ」 「…遅いよ、ばか」 「…ごめん」 「でもね、すっごく嬉しい!」 窓から身を乗り出して、レッドにぎゅうっと抱きつく。リザードンの背に乗っていた彼は、難なく私の体を受け止めてくれた。 「…危ない」 「レッドなら大丈夫かなあって思って」 「なまえってほんと、ばか」 「えっ、もしかしてさっきばかって言ったの根に持ってる?」 「…別に。事実言っただけ」 「ひどい!」 でも、とレッドが前置きする。私は何だろうと次の言葉を待った。するとレッドは、一番最初に会えたのがなまえで良かったと柔らかく告げた。じわじわとレッドの言葉が心に染みていく。そうだ私、レッドに言いたかったこと、言わなくちゃ。 「おかえり、レッド」 「…うん、ただいま」 「あのねレッド、私ずっと言いたいことがあって」 私はようやく、六年越しの想いを伝えれそうだ。 「私ね、ずっと前から、レッドのこと好きなんだよ」 やっと言えたって笑うと、レッドは少し驚いたような顔をして、それから私の耳に唇を寄せた。どきどきと心臓がうるさくなる。 「…多分、俺の方がずっと前からなまえのこと好きだよ」 囁かれたのもまた、彼の数年越しの想いだろうか。私たち、遠回りしすぎたかな。そう言えばレッドは、その分好きだからいい、と静かに笑った。 パステルカラーの感情論 ――― (20130512) title:瑠璃 |