二年前、プラズマ団っていう組織がポケモンを人々から解放するだのなんだのって暗躍してたことがあった。プラズマ団がもたらした被害は甚大で、イッシュ中が彼らへの恐怖で染まっていった。でもそんな中、イッシュを救った少年がいて。

「イッシュの英雄、かあ…」

ぽつりと呟いたそれは私の幼なじみ――トウヤの、いわば肩書きとなり得ているものだ。二年前に彼がこの地方を救って以来、彼はイッシュの英雄だと呼ばれるようになった。最初こそ信じられなかったものの、彼が伝説の白いポケモンを連れて帰ってきたときはああ現実なんだ、って思わせられて。

「…なんだか、遠いなあ」
「なにが?」
「なにがって…、えっ?ト、トウヤ!?」
「ん」

そうしてトウヤは当たり前のように私の隣に腰掛ける。小さい頃はいつでも、この距離にトウヤがいたのに。チクリ、胸が痛んだ気がした。

「で?なにがなんだって?」
「いやあのね、トウヤが遠いなって、思ってね」
「は?近いじゃん」
「あの、物理的な意味じゃなくてさ」

私がそう言えば、トウヤは意味が分からないとでもいったような顔をした。そりゃあまあ、そのままの意味では手が届くけど、違う意味では届かない。トウヤは、あまりにも遠い。

「じゃあどんな意味なわけ」

私の瞳を捉えながらトウヤが言葉を投げかける。いつもは人の話を適当に流すトウヤなのに、今はどことなく真剣な表情をしていた。

「…だってトウヤはさ、いつの間にかイッシュの英雄なんて呼ばれてて…そんなの…」

遠すぎるよ。トウヤから視線を逸らして私は言葉を
零した。こんなことは二年前にトウヤがイッシュを救ったときから分かりきっていたことだけど、実際に言葉にしてみたら…思っていたよりこの現実は寂しかった。

「…トウヤ?」

何にも言葉を発しないトウヤを不思議に思って私が視線を戻すと、トウヤは依然として真っ直ぐに私を見ていた。なぜだかその視線が耐えられなくて、ぱっと逃げるように背ける。するとトウヤは私の頬に手を添えて、私の顔を自分の方へと向けさせた。心臓がトクン、と大きく脈打つ。

「…な、なに」
「俺を遠くにしてんのはお前の方だろ」

私がトウヤを遠ざけてる…?トウヤの言ってる意味がわからなくて、頭の中で言葉を咀嚼してみる。けどやっぱり、わからない。

「ち、がうよ」
「違わない」
「…違わなくないよ。だって、だって私は…トウヤと一緒にいたいって思っ…」

その瞬間、ふいにトウヤが私の唇を塞いだ。それはほんの一瞬のことだったけれど、私の心臓をうるさくするには十分すぎて。顔に熱が集まるのを意識しながら目の前のトウヤを見つめる。トウヤはと言えば、こんなことしておきながら顔色一つ変えず。なんなの、一体!

「なまえにはイッシュの英雄とか言われたくないし、それで勝手に遠くに感じられんのも嫌なんだけど」
「ど、どうして?」
「好きだから」
「……え?」

トウヤ、今何て…。好きって言ったの?トウヤが私を?好き、って…。
思考も動作もフリーズした私を、トウヤが微かに笑った。そして、なまえのこと好きだよ、と再び告げられる。夢が溶かされていくような感覚だった。

「ト、ウヤ」
「なに」
「…ばか」
「…は?」
「ばかばか!私どうしたらいいかわかんないじゃん!」

もう頭も心もいっぱいいっぱいだ。いっぱいすぎて、ずっと大切にしてきた想いが溢れそうになる。好き、とか。そんなの。

ぽん、とトウヤの大きな手が頭に置かれる。それは幼い頃私を慰めてくれたものと同じで。この感じ、懐かしいな。私が泣けば、めんどくさそうだったけどいつも慰めてくれたっけ。

「俺の隣にいればいいんじゃないの」

あーあ、私の幼なじみはなんでこんなに格好良くなっちゃったのかなあ。私はそうだねと笑って、トウヤの肩に自分の肩をぶつけた。

変わらないきみのまま

―――
(20130512)
title:確かに恋だった