5
周囲のものは少年を気に留める事なく簡単に押し退けて流れ去っていく。
まるで、自分が透けているかのように、スルリと少年から抜ける。
そこだけがスッポリと時間が止まったかの様に灰色に、白黒に、異世界の様に見えた。
「つれてきたわ」
彼女の声で現実世界に引き戻された。
誰かいる。
「わーぁ、見せんな見せんな。きもちわりぃ。」
「あなたの子でしょ?私が産んだんだから」
少年は彼女の方を向く。
「みなこさんは、ぼくのぉかあさ、」
少年がゆっくり言いかけた時、彼女はゆっくり、
「あなたの声、もう聞こえない。」
とそう言った。電線に止まっていたカラスがグシャリと落ちた。
「金は貰ったんだ早く行くぞ美奈子」
「元はといえばアナタのせいじゃない。私は降ろそうとしたわ。」
「闇金に手を出したのはお前だろ?!よかったな俺んちが大物政治家の家でよ。おら、行くぞ!」
ーーーあなたの声もう聞こえない。
「いってらっしゃい。みなこさん。」
今までの養育費と慰謝料をもらい恋人と逃避行。
選別としてもらったのが古びた眼鏡。
初めて視界を知った。
最初に瞳に映ったのが母親の歪む顔。
そんな彼女に少年はへにゃりと笑った。
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