1誰かの独白
彼が殺したいと思わせた人間は初めての事だった。
彼にとって殺すという行為は、ただただ通り過ぎるだけのモノで躊躇いがあった事は一度もなかった。そこに快楽を感じた事も無ければそれが禁忌と思った事もない。
ただ、邪魔だと退けたら死んでいた。
人が前へ進む為に歩くのと同様に、ただ進行の邪魔だから退けるのであってそこに感情は無かった。
彼が日本へと旅立つ時ある人物が独り言を吹きかけた。
─きっと今後
ただ1人、逃がしてやれねぇ奴に出会うんだ。
お前はそいつを
誰よりも残虐に、殺したいと思う。
だが、
殴って蹴って。
どんなに刃物を首に近づけ
どんなに、銃口を合わせようとも
─だか、殺せねぇ
『試してみな』
それを引く事はかなわなかった。
アイツの存在の何かが
彼の身体を震わせた。
─いや、心という曖昧なものがあるのだとしたら、アイツは不確かなそれに触れたとしか思えない。
あの日から
アイツの存在だけが唯一、目の裏側に媚びり付いく。目の裏に焼き印を押し潰したように。
体中の血液が沸騰して
眼球を抜いて、内蔵を抉り出して、髪を千切り、肌と爪を剥ぎとり全ての血を飲み干せば、この衝動は収まるのか。
そんな光景に高揚する自分が苛立たしい。
感情が、意味が、全てを壊したくなる。
そう口にすれば
アイツは
「いいよ」だとか、笑うだろう。
「どうしたの?流君」
「・・・・」
「何か機嫌いいね」
「・・・・」
「ふふ、いいよ」
至極嬉しそうに笑う伊呂波に満足し、首もとを噛む。
「流君約束だよ。オレを殺すのは流君だからね」
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