『…美味しい』
俺は歩きながら旅の途中で買ったお菓子の作り方が書かれている本を読んでいた。周りにいつ憑魔が現れるかわからないのにも関わらず、だ。だがいざ憑魔が現れたら本を閉じ戦闘に参加する為文句を言う奴はいない。そして今だってそう。
「名無しさん、憑魔です!」
「はいはい。人が覚えてる最中に邪魔するなよなー」
ライラに言われ少し乱暴に本を閉じる。鞄にしまって俺は腰に掛けている武器を手に持った。
憑魔を浄化すれば再び俺は本を読む。これを最近毎日の様に繰り返している。別に好きで読んでいる訳じゃない。俺がこんな本を読むのは理由があった。
「名無し!いつまで読んでんの!」
「うおっ!?お前な…ちょっとは力を緩めろ!」
まあ力を緩め様が緩めまいが、突然背中を叩かれると焦るものだ。しかも相手が理由の原因である奴だったら尚更に。俺の背中を叩いた本人ーーーロゼは笑いながらもごめんごめんと全く反省していない笑顔で謝ってきた。思ってもないのに謝るな。そんな意味を込めてため息をつく。
「大体名無しって普通の料理は作れるのにお菓子は作れないじゃん。なのに読んでる訳?」
「お、お前な…人が気にしてる事をさらっと言うな」
「そうね、確かに名無しのお菓子は壊滅的だわ。見た目は酷いし、味は土を食べている様なものよ」
ロゼに言われただけでもこたえるというのに、毒舌なエドナまでもが楽しそうにくるくる傘を回しながらも乗ってきた。土って何だよ。つか土に味とか無いだろ!?無いのなら無いでいいから変な例えをするんじゃない!
だが言い返せないのだ。俺は昼食や夕食なので食べるご飯系は作れるというのに、何故かお菓子系は壊滅的。作ると必ず暗黒物体。おかげで何度デゼルに材料を無駄にするくらいなら作るなと怒られたか…。
「名無しの気持ちオレにはわかるよ。オレもお菓子は作れないから」
「スレイと名無しは作らない方がいいと思うよ。暗黒物体しか作れないんだから…」
「喧しい!ミクリオだって焼き菓子作れないだろうが!」
お前ら可哀想だなと哀れみな目で見てるけど、ミクリオも人の事を言えない所がある。だからミクリオには言い返す。デゼルとかライラになら言われても仕方が無いとは思うけどさ。
あーだこーだ騒ぎながらもゴドジンに着いた俺達は今晩はここで過ごす事になった。各自の部屋に入り休む中、俺はベッドから体を起こし宿から出て材料を買ったのち再び宿に戻り今度は厨房に向かう。厨房の扉を閉めようとする人に俺は声をかけ、片付けはするし戸締りもするから貸してくださいと頭を下げる。その人は優しい人で笑顔で鍵を渡してくれた。
「よし…早速やるか」
使う器具も揃えたし、材料は買ったし。時間も余裕がある方だから何度でも作れるな。今日は徹夜だ徹夜。
腕を捲って調理に取り掛かる。持っていた本を睨みながらも順調に進めていく。そろそろか、とオーブンにて焼いていた物を取り出した。…そして出来たのは。
「俺って天才なのかな」
ま さ か の 暗 黒 物 体 。おかしいな、本の通りにすれば作れるんじゃなかったっけ?俺何も間違えずに作ったはずなんだが。ある意味天才すぎるだろう。今まで何度も失敗していたが流石に心が折れそうだ。
本当は無理してまで作る必要性は無いことくらいわかってはいるんだ。お菓子はデゼルとライラが上手いんだから、あの二人に任せればいいとは思う。それでも俺が意地でも作りたいと思うのは。
「こんなんじゃロゼに美味いなんて言われるわけないな…」
ロゼに、美味いと言ってほしいから。たった一言でもいい。あいつに美味いと言われるだけで作った会がある。別に俺はロゼが恋愛感情として好きだからという理由で美味いと口にしてほしい訳ではない。
一度デゼルと勝負する事になったのだ。負ける事など目に見えているのにも関わらず。結果、当然ながら負けた。ロゼはデゼルのお菓子を気に入ってずっと美味しい美味しいと呟きながら食べていたのが今でも記憶に残ってる。その光景を見て何だか無性に腹が立って…。
「ん、あれ?これって嫉妬じゃ…」
自分自身わからなくなってきたぞ。でも俺はロゼがデゼルの作ったお菓子を美味しそうに食べているのを見て腹が立ったから絶対美味いと言わせてやろうと思ったわけだろ?デゼルが作った物は美味しいに決まってるんだ、イラつく必要は絶対無い。寧ろ納得するのが当たり前だ。なのにイラつくという事は…嫉妬しか考えられない。
「じゃあ俺…ロゼの事が、す」
「名無し、こんな所で何してるわけ?」
「ぶっー!?」
いきなり現れたロゼに思わず吹く俺を見て汚いと引く彼女。し、仕方ないだろ!まさか考えていた人が目の前にいて驚くのは俺にとって普通だ普通!
バクバクと鳴る胸を落ち着かせる為わざと咳をして彼女に問う。何故ここに来たのかと。どうやら偶然部屋から出たら甘い匂いがしたから気になって匂いの原因…つまりここまで来てしまったらしい。だとしても心臓に悪すぎる。足音が聞こえない所は流石と言っておくべきか。
「ふーん、お菓子作ってたんだ」
「ああ、まあな。…無駄な努力、とか思ってるか?」
「別に?あたしはいいと思うよ。名無しの努力する所、結構好きだし」
相変わらず嘘偽りなく告げるロゼ。す、好きとか言うなよ…。さっきの事もあったから、変に意識してしまう。心なしか顔が赤い気がする。最もロゼは俺が作った暗黒物体をまじまじ見ていて気づいていないが。
気分がノってきた俺はロゼに座るよう椅子を出す。キョトンとするロゼに俺は今なら作れそうだから味見してくれないかと頼んだ。
「暗黒物体は食べないから」
「誰が暗黒物体を食べさせるなんて言ったんだよ!」
とまあツッコミを入れたり笑ったりしながらもロゼは椅子に座ってくれた。ふうっ、と息を吐き手際良く作っていく。自分自身ご飯系は作れるから手際は良い方だと思う。頭をフル回転させながらしたからか、大して時間はかからないですんだ。不思議と先程より上手く出来たなんて思ってしまう。
オーブンが鳴り、内心ドキドキしながらも開ければ…ふっくらと焦げ目もなく綺麗に膨らんでいるマフィンがあった。
「出来た…」
「やったじゃん!」
俺の反応が薄いからかロゼが代わりとばかりに嬉しそうに笑う。実際俺はかなり喜んでいる。ただ感動のあまり上手く言葉に出来ないだけで。今泣けと言われたら間違いなく泣ける程に感動しているのだ。
とにかく冷めない内にと皿に熱々のマフィンを乗せてロゼの目の前に出した。さて、問題はここからだ。見た目が良くても味が最悪だったら意味が無い。俺は彼女に美味しいと言ってほしいのだから。
少し冷めた事を確認してロゼが俺を一瞬見る。食べるという合図だ。俺は静かに頷く。そしてロゼが一口口に運んだ。噛めば噛むほどに緊張していく。
「ど…どうですか…」
緊張しすぎて敬語になる俺。手汗がやばい。この感想を言うまでの時間が異常に長く感じて嫌になる。こういう時に限って表情に出さない彼女が意地悪だと思った。た、頼む、不味いなら不味いで早く言ってくれ。ただエドナみたいに遠回しには言わないでくれ。
結局ほぼ不味いという可能性しか考えていない自分に笑いそうになった。ロゼはゴクンと飲み込むと俺の顔を見て。
「…美味しい」
そう、呟いた。
一瞬息が詰まりそうな程にロゼの言葉は衝撃的で。何も言わない俺に彼女はもう一度同じ事を言う。
「美味しい、これ本当に美味しいって名無し!」
「っ、ああもう!」
俺はロゼに近づいて抱きしめる。突然の俺の行動によけれなかったロゼは目を見開いたまま。しかし状況を理解した途端離せとか何してんのとかもがく。仕方ないだろ。もう一度言うロゼが悪い。
「その言葉が聞きたかったんだ。ありがとうな、ロゼ」
「な、何で泣いてんの!?」
ボロボロ泣く俺は心底男らしくない。だけどロゼは仕方ないと少し笑いながらも背中をポンポン叩いてくれるのだ。…やっぱり、ロゼが好きなんだと自覚してしまった忘れられないこの日。
そして次の日の朝。俺は皆に上手く作れた事を報告し、皆に食べてもらう事になった。…のだが。
「…いつものと変わらねぇが」
「あ、味は美味しく出来ているのでは?」
「無いわね。また土の味よ」
「昨日出来たのに何でだよ!?」
俺が昨日上手く出来たマフィンは奇跡の品だったみたいだ。結局いつもと変わらない暗黒物体を見て皆はため息をついたのだった。
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悠様のリクエスト、言ってほしい言葉はロゼで『…美味しい』でロゼ夢でした。
内容は…お菓子作りが苦手な夢主がロゼの為に作る。失敗が続いていた苦悩が実り、上手く出来上がったお菓子を食べたロゼがこの言葉を…でした!
本を見ても作れない夢主。そんな夢主を実は応援しているロゼ。まあ愛があるのはわかりますよね←
上手く作れた理由はロゼに対する愛が溢れたからです(!?)つまりロゼの為じゃないと作れない夢主。良いのか悪いのか…。
それでは悠様、三周年企画に参加していただきありがとうございました!
これからも管理人共々、『黒猫の鈴』を宜しくお願いします!
※お持ち帰りは悠様のみです。