『ーーー面白い事にまるで今みたいに痛覚とか感覚があるの。痛い、とか暑い、とかね』


幼い頃によくお母様から聞いていた本の話。夢の中なのに夢を見るなんて不思議だけどわたくしはお母様が読んでいた本の内容を思い出していた。結末はあまり思い出せない。ただ一人の少女が長い夢を見てみたいと本気で思い寝れば神様の気まぐれで違う世界に行かせてくれて運命の人と出会えたという話なのは覚えている。夢の中なのに違う世界に行っている…簡単に言うとトリップしたからか痛覚や感覚があるらしい。しかも夢の中で寝ても現実の自分は目覚めない。つまり夢の中の自分が目覚める事になる。


『現実の少女は目覚めない。しばらく夢の中で何日も過ごす事になる。でもね、例え夢の中が何日経とうと現実の時間はそこまで経っていないのよ』


…今わたくしはあの本の通りになっているの?だったらわたくしは違う世界に来ているの?しばらくこの夢の中で過ごさなければならないの?信じたくない。所詮は本の中の話。トリップなんて認めたくない。だから神様お願い、早くここから出して。現実のわたくしよ、目を覚まして。長い夢を見たいなんてもう思わないから、早くー…。










「…領域の中に入って…」

「…ジイジ曰く、彼女は…」

「とにかく、…部屋に…」


声が聞こえる。お母様やお父様、執事やメイドの声ではない。知らない人の声。わたくしの近くに、いるの…?
うっすらと目を開ければ視界には青空が広がった。…青空?わたくしは森で気絶したはず。どちらにしても現実のわたくしが目覚めたのなら天井が見えるはずだ。ならやっぱり夢の中かと落胆する。ゆっくりと体を起こせば広大な草原の上に私は寝転んでいたのがわかった。風が気持ちよく吹きぬける。森と比べて空気が素晴らしく清浄でおいしい。こうまで明らかに知らない所にいるとトリップしたと思うしかない気がする。
そこで違和感を感じたのは足の痛みだ。あれほど傷だらけで痛かった足は傷一つないし痛みすらない。何故?もう訳がわからない。とにかく一度周りを見回せば。


「目が覚めたかい?」

「ーーーっ!!?」


直ぐ目の前に薄らと水色がかった銀髪に紫の瞳、見た目は少し幼く見えて一見女の人みたいだと勘違いしそうな可愛さもある男性の姿が映った。お、男の人…!?しかも、ちかっ…!


「き、きゃあああああああっ!!」

「ちょ…!」


わたくしが叫んだら男性の驚いた声が聞こえたが気にしていられない。距離をとりたくて叫びながらも勢いよく立ち上がって走る。何故わたくしの近くに男の人がいたの!?


「君!そのまま走ったら危ないから止まってくれ!」

「な、何故追ってくるのですか!?」


男性が後ろから追ってくる。当然というべきなのか男性の方が走るのが速い為段々距離が近づいてくる。やだ、怖い…!そんな感情ばかり出てきてもうこの先に何があるかなんて気にしていられなかった。


「間に合わな…!ーーーっ、スレイ!」


男性が誰かの名前を呼んだ途端グッと腕を引っ張られて引き寄せられた。あまりの力の強さに目をつぶってしまう。感じたのは人の温もり。恐る恐る目を開ければ深い青の服が見えて。


「いきなり引っ張ってごめん。でもあのまま走っていたら危なかったから」


落ち着いた声が聞こえた。声的に男性だとわかるから直ぐに逃げたいはずなのに動けない。それはこの人がわたくしを抱きしめているからなのかもわからない。顔を上げれば…焦げ茶色の髪に羽の耳飾りをしていて綺麗な緑の瞳の男性がわたくしに微笑みかける。


ーーー彼がわたくしの運命の人だなんて、知るわけもなかった。
 
 
 
 
 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -