『お母様。運命の人って誰なの?』


また夢を見る。お母様が読んでくれていた本の話。今のわたくしが似た様な体験をしているあの本の話。好きだったから先の事が気になって毎日毎日読んでほしいとお母様にお願いしていた。


『恋人よ』

『恋人…。わたくしには縁のない話ですわね』


既に異性を恐れていたから恋とか愛とか自分には一生縁のない事だと思っている。しかしお母様は首を振った。無理にでも男性に慣れるようにするつもりだと。拷問だと心から思った。恋なんてしなくても生きていける。男の人に近づかなくても生きていける。わたくしはあの家から出る事なんて不可能なのだから。
だが逆らうなど出来るはずもない。わたくしは従う以外の選択など無い。だからせめて問う。それをしたとして何をさせたいのかと。


『あなたにも運命の人を見つけてほしいの』

『…わたくしは愛する事など出来ない。それにこんなわたくしを愛してくれる人なんていません』

『いいえ、必ず見つかるわ。実優を大切に想ってくれる人が』


何を思い出しているのだろう。まさか本の通りになっているから見つかると期待している?…ありえない。だってわたくしは次に目を覚ませば自分の部屋のはずだから。物語を体験するなんて冗談じゃないわ。


『ーーー』


声が聞こえる。誰かに名前を呼ばれている。起きなければ。メイドが呼んでいるのだろう。起きればまた嫌なお嬢様がやる事ばかり教えられるけれど、スレイさん達に迷惑をかけるくらいならば構わない。だから目覚めようーーー。









「…う、そ 」


目を開けて…もう、絶望という言葉しか思い浮かばなかった。映ったのは見慣れない天井。更に自分が眠っている場所は…彼の、スレイさんのベッド。気づいたのならば行動は早い。まずはベッドから降りる。一度周りを見渡してみるが…やっぱり自分の部屋では無い事は確かだ。本当に、本当にわたくしは…この世界で過ごさなければならないの?


「どうして…!」

「実優?」


拳を作り嘆いていたわたくしに声をかけてくる男の人。キョトンとしながら焦げ茶色の髪に綺麗な緑の瞳の彼、スレイさんがいた。見られていたのかと内心慌てた。深く追求されそうで怖かった。何も訊かないでほしい。きっと今のわたくしはスレイさんを傷つける様な言葉しか言えない…。
顔を見られたくなくて思わず俯く。失礼な態度だとは充分承知しているが鏡が無くてもわかる程に酷い表情をしているから。


「…おはよう、実優。丁度朝食が出来たから良かったら一緒に食べよう」

「え…?」


まさか本当に訊かれないとは思わなくて顔を上げればスレイさんは微笑んで背中を向けて歩き出した。訊かないでほしいとは願ったが、気を使わせてしまった事に罪悪感を感じた。迷惑をかけたくないと思えば思う度にかけている自分が情けなくて、同時に尚更嫌いになっていく。
とにかくこの場に留まっていて更に気を使わせるのも嫌な為、そばにある鏡を見て一応髪が変になっていないか確認する。昨日は気づけば眠っていた。髪も乾いてもいないのに。


「それにわたくしは何故スレイさんのベッドで…?まさか…!」


一瞬想像した事に直ぐ様否定する。か、仮に想像した通りだったらわたくしはどうすればっ…!
顔を赤くしたり青くしたりしながらも前髪の右側にピンを止める。大丈夫だと判断したわたくしはスレイさんが待つ食事場へ足を動かした。


「さ、座って。はい、お箸」


昨日とは違う料理で、如何にも朝食らしい軽い料理。昨日も思ったが、美味しそう、と素直に思う自分がいる。家で食べる料理でそんな気持ちになった事など一度もない。豪華な料理自体が嫌だったからだろう。
座って渡されたお箸を受け取り、いただきますという言葉と共に食べる。…やっぱり、美味しい。


「実優が良かったら、食事の後イズチの杜を案内しようと思っているけど…どう?ナッツも実優を呼んでいるしさ」

「ナッツさんが?」


一体何の用だろう。呼んでいるならば行かなければならない。男の人に呼ばれている訳では無いのだから問題は無いと決め、わたくしは了承した。…が、その前にスレイさんが案内してくれるのですよね。い、嫌という訳では無いですが…緊張するわ。ある程度距離は置いてくれるかもしれないのに緊張するなんて、簡単に慣れるはずがないと改めて実感する。


「実優」

「は、はい」


不意に名前を呼ばれた事と、皿にお箸を置いて真剣な表情に変えてこちらを見るスレイさんに心臓が跳ねる。悪い事でもしたのかと頭の中でぐるぐる先程の自分が起こした行動を思い出していたが、口を開いたスレイさんによって遮られた。


「オレは実優が何処から来たのかとか詳しく知らないけど、困っているのなら助けたいって思ってる。だから不安や悩みがあるのなら遠慮なく言ってほしいんだ」

「でも…」

「オレは実優の辛そうな顔は見たくない」


辛そうな顔。恐らく起こしに来てくれた時に見たわたくしの表情の事。辛かった。どちらの世界にもわたくしがいて良い居場所なんて存在しないが、彼らにお世話になる訳にはいかないと思っていたのに目覚めなくて。だから本心を口にすると、ずっと目覚めてほしいと思っている。
それがスレイさんを悩ませる、気を遣わせる原因になっている事に、迷惑ばかりかけている事実に申し訳なくなる。


「…ってご飯中に嫌な話をしてごめん。早く食べて外に出ようか」

「…はい」


箸を持ち動かすスレイさんに見習ってわたくしも口に運ぶ。しかし話された内容がわたくしにとっては良くない事だったからか…どれも美味しいと思っていた料理が、途端に物足りなくなっていたのだった。




 
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -