お風呂から出て濡れている髪をタオルで拭き取る。予想はしていましたが、わたくしの家とは全く違っていて結構洗うのに時間がかかってしまった。そして…この様子だと乾かす物も無いみたいですし。不便じゃないのかしら。それともわたくし達の世界が便利すぎるだけ…?
どちらにしろ天族だろうと入浴だけはしたい。さっぱりするし、やっぱり綺麗でいたい。


「実優、濡れたままだと寒いからこれでもかけていて」

「あ…ありがとうございます」


置いてくれたブランケットを持ち、お二人の邪魔にならない場所に座る。スレイさんも今から入浴するつもりなのか用意していた。しかしその前にミクリオさんがスレイさんの腕を掴み、わたくしの顔を見る。な、何でしょう…。
スレイさんも何か思い出したのか自分の片手の拳、片手の掌を合わせてわたくしを見ている。段々見つめ返すのも恥ずかしくて目をそらせば、口を開いたのはスレイさん。


「寝る場所だけど…あそこでいいよ」


手で促され、そちらに顔を向ければベッド。ここはスレイさんの家。つまりベッドなんて一つしかいらない訳で。…彼が就寝する場所だ。しかし今度はわたくしがあちらのベッドで…男の人が寝ていたベッドで寝る?
黙ったままあれこれ考えていたらミクリオさんに声をかけられる。この案はお二人で考えて出した案らしい。当然わたくしが異性が駄目だってわかっていて。流石に床で眠らせるのはいけないからと決めた事みたいだ。


「ごめん、実優が無理なのはわかってる」

「わ、わたくしの事よりもスレイさんは」

「オレは床で寝るよ。せっかくのお客さんを床で寝させる事なんて出来ないし」


平然とわたくしにとってはとんでもない事を言うスレイさん。わたくしだってお客さんというだけでスレイさんにそんな事をさせたくなんてない。しかし彼も譲る気はないだろうし、わたくしだって譲りたくはない。…が、引いたのは。


「わかり、ました。ごめんなさい…」


わたくしだった。ただでさえ泊まらせてもらえるというだけで幸運な事なのに、反論するなんて失礼だ。お言葉に甘える事にしよう。…そうよ、直ぐに現実のわたくしが目を覚ますわ。彼と関わるのは今日が最初で最後のはず。だからこれでいい。
謝罪に対して眉を寄せるミクリオさん。スレイさんは明るく笑って「先に寝てて」とお風呂場へ向かった。残されたのはミクリオさんとわたくし。


「実優」

「…はい」


怖い。眉間に皺を寄せているからか、ミクリオさんが怖い。怒っているのだろうか。わたくしは怒らせたい訳じゃないのに。何か言われるのを覚悟して身構えたが、彼は背中を向けて歩き出す。え?と思わず後を追おうとしたが…追えなかった。仮に追ったとしても何を言えば良いのかがわからないし、何よりも…彼の背中から来るなと拒絶されたのがわかった。
ミクリオさんが出ていった事を確認して何も膝を立てて蹲る。本当にこんな自分が嫌になる。早く、お願いだから今すぐに目を覚まして欲しい。


「…でも、目が覚めてもわたくしに居場所なんて…」


覚めても、覚めなくても同じだ。居場所なんてある訳がない。それでも知らない人達に迷惑をばかりかけるこの世界からは立ち去りたい。…なんて思っていても仕方ないわ。このままだと髪が濡れているから風邪をひいてしまう。しかし体が重くて動けない。まるで足に重りがついたみたい。瞼さえ重い。駄目、ここで寝たらまた迷惑をかけてしまう…のに、ねむ、い…。






暫くして戻ってきたミクリオは膝を立てて蹲っている実優の傍にいた。と言っても当然ある程度の距離をとっているが。身動きしないので何事かと心配していたが、どうやら彼女は眠っていたらしい。寝息が聴こえてくる。


「あー、さっぱりしたー」


風呂場から出てきたスレイにミクリオは名前を呼び目線を彼女の方へ送る。寝てる?と小声で訊くスレイに頷くミクリオ。笑みを作り、新しくブランケットを出して実優の背中にかけるスレイ。
隣に座ったスレイにミクリオは腕を組みずっと考えていた事を口にする。そう、彼女の事で。


「スレイ。僕は実優を追い出すべきだと思う」

「…何で?」


スレイの雰囲気が変わったのがわかる。突然ミクリオが実優を拒絶し始めたからだ。先程まで彼女に天響術を教えていたではないか。それが、何故?とスレイの頭には疑問しか浮かばなかった。
しかしミクリオの表情は険しくなる一方だ。怪しいと思わないのかとミクリオの言葉がやけに響いた。


「まだ何処から来たのか気にしているのか?」

「それもあるが…何よりも君も見ただろう?実優の天響術を」


ミクリオの言葉にスレイは黙ってしまう。思い出すのは実優とミクリオが天響術の練習をしていた時。何か音が聞こえて天響術を唱える事が出来たのかとスレイは台所から移動した。しかし彼の瞳に映ったのは目を閉じている実優の背後にいる禍々しい死神。本人は気づいていないみたいだが、目を合わせたら今にも魂を刈取りそうな死神が彼女の首元に鎌を近づけていた。
これも天響術なのか。人間であるスレイにはわからないが、同じ天族であるミクリオでさえ驚いているくらいだ、見た事が無いのだろうと予想は出来た。

『ミクリオ!水をイメージって言ったんじゃないのか!?』

『言ったに決まってるだろう!だけどこれは…!』


どの属性にも当てはまらない。口にはしていないが、察したスレイはとにかく彼女の意識をこちらに向ける為に近づく。危険だと叫ぶミクリオだが、どのみち近づかなくても危険なのは変わりない。だから尚更実優に近づくスレイ。
結果、スレイが実優の両肩を掴み名前を呼べば漸く目を開けてくれた。その途端消えた死神。一瞬幻覚だったのかと思ったが直ぐに違うと否定する様に手汗が教えてくれた。


「ジイジに事情を話せばわかってくれると思う。だから…」

「ジイジには話すよ。だけど実優を追い出したりはしない」


ミクリオの言葉に直ぐ返すスレイは眠っている実優に近づき、起こさない様にそっと体に触れて横抱きにする。当然ながら彼女が眠っているから出来る行為だ。今実優が目を覚ましたら初めて出会った時みたいに平手打ちされるかも、なんて考えて薄らと笑みを浮かべるスレイにミクリオは深いため息をついた。まるでもう勝手にしろとでも言う様に。


「…君が良いのなら良いけど。僕は警告したからな」

「うん。心配してくれてありがとうな」


そうお礼を言われると逆に申し訳なくなるミクリオ。君が大丈夫だと思っている人を疑ったのだから、礼を言われる筋合いは無いと思うけど?と目を細めて訊けば、これまたスレイも「でも心配してくれたから言ってくれたんだろ?」と返す。何を言ってもお礼を言われる。それがわかったミクリオは踵を返し、おやすみとだけ告げて出ていった。
ミクリオが言いたい事はわかる。もしもあの未知の天響術で自分達に…いや、イズチの杜にまで被害を受けたら。万が一を考えたミクリオとスレイの考えは同じだった。


「よ…っと。…実優が人を傷つける訳ないもんな」


しかしスレイはほんの少ししか時間を共有していないものの、彼女が平気でその様な行為をするとは思えなかった。ミクリオも理解はしていたとは思う。それでもやはり心配していたから告げたのだろう。
自分のベッドに降ろした実優に寒くならないうちに布団をかける。が、寒かったのだろうかもぞもぞ動き出し布団の中に入る実優を見て思わず笑ったスレイは。


「おやすみ、実優。君が何者かはわからないけれど、オレはーーー」


その先の言葉は言わない。自分でも何故ここまで思えるのかが不思議で言えない。不思議な子だなぁ…なんてしみじみ思いながら、スレイは後片付けをする為に実優に背中を向けたのだった。



           第一章 END




 
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