スレイさんが料理をしている間、わたくしはミクリオさんから天響術の発動の仕方を教わる事になった。本来なら自分の属性から何かをイメージして放つらしい。しかしわたくしは自分が何の属性かはわからない。


「もう夜だしジイジの所に行って訊く訳にはいかないな。実践で見てみるしかないか」


窓から外を見れば暗い。ミクリオさんは眉を寄せてどうすればいいのか悩んでいた。…天響術。わたくしの所で言うと天響術は魔法だ。それをわたくしが使う事が出来るなんて…未だに信じられない。
ミクリオさんが先程仰っていた言葉を思い出す。攻撃だって出来る。一歩使い方を間違えれば傷つける事も可能。…そう考えるとやはり怖くなる。


「それぞれの属性をイメージしてみようか。そうすればわかるだろう」

「は、はい」


ミクリオさんの言われた通り一つ一つの属性をイメージしてみた。火、地、風…。しかし今の所わたくしの属性は見つからない。発動も何も無いのだ。残るはミクリオさんと同じ水、そして無。


「無をイメージするのは難しいな。水だったらいいが…」


水だと自分も教えられるしね。そう告げる彼の言葉を聞きながら目を閉じる。今まで三つの属性をイメージしたが、一番水がイメージしやすいかもしれない。清らかで、人々にとってなくてはならない水。一瞬ミクリオさんが作り出した水のリボンを思いだす。ち、違います。あれはミクリオさんが作られた水だわ。
気を取り直してもう一度集中する。水といえば雨が思い浮かぶ。…わたくしが眠る前は雨が降っていた。だけど既に自分は濡れていた。何故濡れていたか。


『びしょ濡れのお嬢様ー!いやー、少しは可愛くなったじゃん』

「………」


先輩のお供か知らないが、傍にいた男性に水をかけられたから。ミクリオさんが見せてくれた水はとても綺麗で好きだったのに、その事を思い出すと心が乱れる。嫌いになっていく。…自分がお嬢様という立場だから悪い。だが言われる度に思うのは好きでその立場に生まれてきた訳じゃないということ。代わってほしいと何度願っただろう。
…いっその事何も見えなければ、何も感じなければこの様な気持ちにならないのに。そう考えるのは初めてじゃない。時々感情が抑えられなくてたどり着いた答えがこれだ。だがこう思うと体が途端に重くなる。体が、心が深い渦へと堕ちていく感覚。ああ…今もだわ。沈んでいく。このまま堕ちていけばどうなるのだろう。楽になれる?ならばこのまま、身をゆだねてーーー。


「実優っ!!」

「!?」


突然両肩に触れてきた手に、焦る大声に目を見開く。すると心配している緑の瞳と目が合った。いつの間にかこちらに来ていたスレイさんだ。状況に理解出来ていないわたくしを見て安堵したのか、良かったと息を吐く。後ろからはミクリオさんがスレイさんを止めるように手を伸ばしていた。…今、わたくしの目の前にいるのはスレイさん。つまり両肩に触れている手は彼の手。スレイさんの…男の人の。男の人、の…。


「スレイ、離れた方が…」

「いやあああああっ!!」

「…遅かったか」


両手を前に出し突き飛ばす。まさかわたくしがこんな事をすると思っていなかったからか、いとも簡単に突き飛ばせてしまう。スレイさんが後ろに尻餅をつく。その音でハッとしたわたくしは反射的にスレイさんに手を差し伸べていた。しかし「え?」とお互いに同じ言葉を吐いてしまう。わたくしはいくら反射的でも差し伸べた事に驚いたから。スレイさんはわたくしに差し伸べられたからだ。


「あ…えっと…」

「ありがとう、実優」


引っ込めたいがあからさま過ぎて失礼かと悩んでいればスレイさんが笑いながらも言う。つまり気にしなくていい、という事だ。視線を外して手を引っ込めればミクリオさんがスレイさんの隣に来て腕を掴む。もう一度視線を戻しよく見れば擦りむいていて皮膚がめくれていた。


「ご、ごめんなさい!」

「ミクリオ。実優が謝ると思ったから黙ってたのに」

「そのまま何も言わずに放っておくつもりだっただろう。全く…君の考えはわかりやすいんだ」


少し怒りながらも表情は心配そうで。わかっているのかスレイさんは困りながらもどこか嬉しそう。ミクリオさんは腕を掴んだまま瞳を閉じる。すると擦りむいている所から光が溢れはじめた。


「ーーー穢れを払い加護を齎せ。レジストエイド」


紡がれる言葉が終われば一層光が増し、やがて光が消えた。そこには皮膚がめくれている部分が元に戻っているのが見えた。お礼を言いスレイさんは試しに直接触る。全然痛くないみたい。
一体何をしたのか。言う前に目を開けたミクリオさんがわたくしの考えを詠んだかの様に答える。今のも天響術だと。天響術で傷も癒せるのでしょうか。天響術は攻撃ができ、治療も出来る。使い方は人によって変わる。わたくしは…攻撃なんてしたくはない。せめて今のミクリオさんみたいに傷も癒せる天響術を使いたい。


「実優、今日はやめよう。また今度ゆっくり教えるから」

「え?は、はい。わかりました…」


初めて思ったのもつかの間、ミクリオさんの言葉に少し落胆する。しかし気づいた彼が謝罪してきて慌てて首を横に振った。でも、どうしていきなりやめようだなんて…。
立ち上がったスレイさんが再び台所に戻った。いい匂いが鼻をくすぐる。料理が出来たのだろうか。直ぐにお皿を持ってきたスレイさんは床に置く。ここにはテーブルがない為、床に置くしかないのだろう。新鮮だわ。
皿に盛られているのはサラダ、豚肉じゃが、白ご飯。…わたくしの家では絶対に出ない料理ばかり。


「ごめん、こんなものしか出せないけど遠慮しないで食べて」

「…ありがとうございます」


スレイさんの言葉には否定したかった。こんなもの、ではない。わたくしにとって彼の作った料理は救いだ。家では如何にも高級の料理ばかり出てきて毎日食べたくないと思っていたから。だから学校では無理を言って食堂に行っていた。普通の人達と同じ物を食事する事が出来るのが幸せで。そういう意味も込めてお礼を言ったのだ。スレイさんは気づいていないでしょうけど。
わたくしとミクリオさんに配ったのを確認してスレイさんも座る。じゃあ食べよう!その言葉を合図にわたくし達は両手を合わせた。


「「「いただきます」」」


こうして皆さんと食べられる事に感謝して。早速ミクリオさんがサラダを口に入れていた。かけられていたドレッシングが好きみたいでわたくしに勧めてくる。ミクリオさん本当に好きなんだ…なんて思う。美味しいって顔に出てるわ。
わたくしも箸を持ち豚肉じゃがに入っているじゃがいもを掴んで口に含む。


「!…美味しい」

「本当?なら良かった!」


濃すぎず、薄すぎず絶妙な味付け。凄く美味しい。素直に感想を言えばスレイさんはホッとしたのか息を吐く。わたくしは二人の他愛ない会話を聞いたりしながらも食べていく。話の途中で聞いたウリボアという猪?のお肉が美味しいらしいですが…狩るなんて物騒な言葉を聞いて思わず顔を歪めてしまう。


「大丈夫、オレとミクリオで行くから。楽しみにしてて!」

「ま、確かに実優を危険な目に合わせたくないしね。そこは同感かな」


心配はしたものの、お二人は何度も猪を狩った事があるらしい。その様子を見てわたくしは先程のスレイさんみたいにホッと安心していた。
食事が終わり片付けをする為に皿を持って台所に行こうとするスレイさん。せめて皿洗いくらいはと咄嗟にわたくしも自らの皿を持ち台所へと足を動かす。さ、皿洗いなんて生まれて初めてだわ…。わたくしに出来るかしら。


「実優はくつろいでて」

「で、ですが…」

「それにほら、二人で洗うとオレに近づく事になるし。実優に無理はさせたくないんだ」


気持ちだけで充分!どこまでもわたくしに優しい彼。男性が近づく事も、家事すら何も出来ない自分が、彼の優しさに甘えてしまう自分が情けないし悔しい。
思わず拳を作る。気づいたスレイさんが困った顔をしていた。困らせたい訳じゃないのに。ここに滞在していても何も出来ないのに変わりはない為、わたくしは再びミクリオさんの所に戻る。


「実優、良ければお風呂にでも入ったらどうだい?」

「あ…はい…」


落ち込んでいても仕方がない。気持ちを切り替えてわたくしはミクリオさんの言葉に返事をし、入浴する準備をする。ミクリオさんに案内されてわたくしは入浴するのだった。




 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -