スレイさんが台所で調理している中、わたくしはミクリオさんと二人きりになった。特に話す事無く…と言うよりも話せないので、部屋には調理している音だけが響いて時間が過ぎていく。わたくしはとある事を思い出した。そう、それは先程の件。ミクリオさんがわたくしの荷物を持とうとして下さったのに、わたくしが叫んでしまった件。謝っていなかった事に気づいたわたくしは本を読んでいるミクリオさんに声をかけた。


「ミクリオ、さん」

「!」


まさかわたくしから話しかけてくるとは予想していなかったのだろう。その証拠に目を見開いてわたくしを見ていた。紫の瞳がわたくしを捉える。…い、いざこう見られると余計に緊張するわ。ほんの少しだけ息を吐いてゆっくりと口を開く。


「あの、先程はミクリオさんに叫んでしまって…ごめんなさい」

「え?あ、ああ、気にしなくていいよ。君の事を考えてなかった僕も悪いから」


わたくしからすればミクリオさんが悪い所など一切無いと思うのに彼は否定する。しかもどうやら気をつかって、ではなく本心でわたくしに告げてくるから余計に申し訳なくなる。
何度謝ろうが気にするなと段々困った表情になるミクリオさんにわたくしもしつこいかなと思い口を閉じる。すると今度はミクリオさんからわたくしに話しかけてきた。


「…実優。君の天響術を見せてくれないか?」

「え?天響術…って…」

「まさか知らないのか?」


ここで天響術の事を言われるとは思っていなかったわ。見せてくれと言われてもこの世界の住人では無いし、自分が天族という存在なのを知ったのもジイジさんのおかげだ。だから天響術を使うなどもってのほかだ。
返答に困っていればミクリオさんはどうやらわたくしが使った事が無い(と言うよりも発動の仕方を知らない)のがわかったのか、「天響術を一度も使った事が無いなんて…」と一瞬わたくしを鋭い眼差しで見る。…あまり良くない眼差しな気がして目を伏せたくなる。


「じゃあ僕が見せるよ。その様子じゃ見た事も無いのだろう?」

「!」


しかし次には表情を変えてふわりとわたくしに微笑む。持っていた本を置き、その手を前方へ伸ばせば杖が何処からか現れてミクリオさんが掴む。…えっ!?今何処から出したのかわからなかったわ。ミクリオさんって手品が出来るのかしら。よく見ておけば良かった。
まじまじと掴んでいる杖とミクリオさんを見ると彼は空いていた手で照れているのか頬を掻く。


「実優。そんなに目を輝かせて見られると少しやりづらい」

「あっ。ご、ごめんなさい」

「構わないよ。この杖が突然現れたからだろう?」


問われて素直に頷いていいのか戸惑いながらも頷く。まるで子供みたいな反応だったかなと反省しているとミクリオさんは面白そうにクスクス笑っていた。…笑ってくれるのなら、まだ良かったですけど。
改めて長い杖を一振りすれば冷たい何かが顔に当たる。確認する為に手で当たった部分に触れてもう一度見れば、指がキラキラと輝いている。…水?


「っと、後で拭いておかないとスレイに怒られるな」

「!綺麗…!」


ミクリオさんの目の前には水で作られたリボンがあった。どの角度から見ても光り輝くリボンは美しい。思わずこの場で描きたくなるほどに。
ミクリオさんがスッと作ったリボンに触れて私の方へ手を振れば一滴も零れ落ちる事なくこちらへゆっくりと近づいてくる。触っていい、という事かしら。
先程ミクリオさんが触れても何も無かったという事は恐らく大丈夫だとは思う。だけどもしも下に落ちれば例え一部分だとしてもスレイさんの家が濡れてしまう。そう考えると怖くて恐る恐る指を近づける。


「わっ…」


触れた所がぷるんと音を立てた。恐れていた事は起こらず、今でもリボンは原型をとどめていた。流石に握れば落ちてしまうだろうけど…凄いわ。
ミクリオさんが何を思ったのかはわからない。でも唐突にこの世界の属性?について話し始めた。


「グリンウッド大陸は地水火風、後は無属性がある。これは知っているだろう?」

「え…ええ…」

「…随分歯切れが悪い返事だね」


腕を組んで不思議そうにわたくしを見る。この世界については全く無知な為、はっきり返事が出来るわけがない。またミクリオさんの目が細まる。まるでわたくしが何を知っているのか探るような目。…怪しまれているのが嫌でもわかる。声が出せないわたくしを見て彼は「すまない」と眉を下げた。


「僕は水を操れるんだ。だから水でこうやって作れる」

「凄い…ですね」

「その気になれば天響術で攻撃だって出来るさ」


攻撃。勿論攻撃する事など滅多に無いとは思う。だとしてもあまり良い言葉ではない。…ミクリオさんは水の天族。だったら他の属性を操る天族もいるという事かしら。イズチの皆さんもそれぞれ属性があるという事?うーん…。


「実優はどの属性なのか僕は気になる。君は興味がないかい?」

「…わたくしは」


興味がない、と言えば嘘になるのかもしれない。だけど怖かった。今まで無かったこの力が突然手に入ったのが。もしも間違って誰かを傷つけてしまったら。嫌な事ばかり考えてしまうのをミクリオさんが気づいたのかわたくしの名前を呼んだ。


「大丈夫、僕が教えてあげるから」


柔らかく微笑むミクリオさんの言葉は不思議と嘘だとは思わない。だから…わたくしも彼にゆっくりと頷いた。その事を確認するとミクリオさんは一度立ち上がりスレイさんがいる台所へと向かう。追うように水で作られたリボンがふわふわと動いた。


「ミクリオ?どうしたんだ、そのリボン」

「何でもないよ」


ポチャンと音がしたのを聴き、私はあのリボンを零れ落としたのだと理解する。綺麗でいつか描きたい…なんて心の中で思ったのだった。
 
 
 
 
 
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