イズチの人達はやっぱり優しい。わたくしの為にわざわざ服を選んできてきれたから。…で、でも一人一人が何着も持っていて何度も何度も試着したから少し目が回ったわ。楽しかった、ですけど。
頂いた真新しい服、新しい靴で身を包み空を見る。時間はわからないが、すっかり日が沈んでいて薄暗い。時間が経つのが早く感じる。それは色々とあったからでしょうけど。


「えっと…スレイさんの家、は…」


キョロキョロと周りを見る。一応教えていただいたものの、薄暗くてよく見えない。頂いた服などが入っている袋をガサゴソ鳴らしながら歩いていれば目の前に赤い髪の男の人が見えた。


「スレイの家を探しているのか?」

「マ、マイセン…さん」


赤い髪でこの声はマイセンさんだとわかる。わたくしを気遣って一定の距離を保ちながらも話しかけてくれるマイセンさんにわたくしも応えたいが、やはり緊張して話せない。それでも上手く言葉を紡ごうとすれば「無理しなくていい」と笑われた。


「全くナッツ達も知ってるなら教えたらいいのにな」

「あ、いえ…」


勿論丁寧に教えていただいたのだけどわたくしが分からなかっただけです。そう告げたいのに言えなくて結局マイセンさんはナッツさん達のせいにしてしまった。わたくしは心の中で幾度も謝罪する。
どうやらマイセンさんが案内してくれるみたいで背中を向けて歩きだした。部屋も片付いているだろうからなーと後頭部で手を組みながら呟くマイセンさんにわたくしも足を動かして距離をとりながら歩いた。やがて1軒の家が見えて。そこでマイセンさんが止まった為、ここがスレイさんの家だという事だろう。


「じゃあ俺はこれで。これからよろしくな」

「は、はい。ありがとうございました」


せめてお礼だけでも伝えたくて意気込みながらも伝えればぷらぷら手を振りながら歩き始めるマイセンさんの背中を見送り、スレイさんの家の扉を見た。現実のわたくしが起きるまで…いいえ、もし起きなかったとしてもお世話になる家。やっぱり男の人の家に泊まるなんて言わなければ良かったかもしれない…と一瞬後悔する。…スレイさんだから大丈夫よ。あの人は優しい人だわ。
扉を叩く前に一呼吸。落ち着かせてからコンコンと二回ノックすれば中から声が聞こえた。入っていいと言うスレイさんの声。勇気を出して扉を開ける。


「失礼しま…す?」

「ミクリオ!早く片付けないと実優が来るだろ!」

「そんな事言う暇があるなら手を動かしなよ!」


中に入れば本を並べているスレイさんとミクリオさんが見えた。ただお二人は喧嘩をしているみたいでわたくしは声をかけようか悩んだ。すると自分が招いた人を確認する為かスレイさんがこちらに振り向く。あ、と声を出したスレイさんが頬を掻きながら申し訳なさそうに眉を下げてわたくしに言う。


「ごめん。まだ片付いてないんだ」

「き、気にしないで下さい。充分綺麗です」

「気を遣わなくていいよ実優」


ミクリオさんが本を持ちながら淡々と話す。わたくしからすれば気を遣っているのではない。寧ろこちらに気を遣わなくていいと言いたいくらいですもの。
わたくしが「大丈夫ですから」ともう一声かければスレイさんは渋々といった表情で最後の本を置く。反対にミクリオさんは漸く解放されたと小さく呟いていた。


「じゃあ…オレの家にようこそ、実優。狭い家だけど出来る事なら協力するから何でも言ってくれ」

「…ありがとうございます」

「とりあえず靴を脱いで荷物を置いたらどうだい?」


ミクリオさんに促されて靴を脱ぐ。確かメイド達はいつもわたくしが脱いだ靴を端に置くか下駄箱に置いていたはず。でもスレイさんの靴は端に置いてあるからわたくしも置いておこう。
腰を下ろして邪魔にならない様に靴を端に置いてゆっくりと立ち上がって再びお二人の方へ体を向けた…のだが。


「荷物は僕が持つよ。こっちに貸し」

「きゃあああああっ!?」


恐らく普通の距離でしょうがわたくしにとっては驚くほど近くにミクリオさんがいて。思わず声を上げて人の家だというのに勝手にあがって距離を取った。胸がバクバクして頭が回らない。確実にわたくしが悪いのに、謝る事すら出来ない自分が本当に馬鹿らしい。グッと奥歯を噛めばスレイさんが「実優」とわたくしを呼んだ。顔を向ければ笑顔のスレイさんが映る。


「今のはミクリオが悪いから気にしなくていいよ。だけどミクリオは実優の荷物を持とうとしただけだって事はわかってあげてほしい」

「その…僕が軽率だったよ。女性の荷物を気軽に持とうとするのは駄目なんだな」


勉強になった、とわたくしに微笑むミクリオさん。その微笑みが胸に刺さって逆に辛くなった。優しすぎるのも辛いものとお母様が良くお父様に対して言っていたが、今ならわかる気がするわ。
改めてわたくしの荷物を置く所に案内してもらって今度こそ置く。再び本が大量にある部屋に行くとスレイさんがわたくしにお腹は空いてないかと問う。


「スレイ。天族は食事をとらなくても平気だって言っているだろう?」

「とか言いながらミクリオはいつも食べているくせに」


スレイさんに言われて反論するミクリオさん。お二人の声を聞きながらわたくしは考えた。
天族は食事をとらなくても平気。言われてみればお腹が空いていない。特に何かを食べたいとも思わない。更に天族は睡眠も取らなくていいみたいで。…少しだけ、悲しくなった。わたくしはこの世界では本当に人間では無いのだと実感したから。


「…イズチの皆、食事は習慣として食べてるよ。とらなくてもいい睡眠だってとってる。だから実優も前の所で食べていたのなら遠慮しないで言ってほしい」


わたくしが暗い表情になっているからかスレイさんが声をかけてくれる。皆さんが食べているのなら、と一瞬だけ思いましたが…違う。皆さんが、じゃない。わたくしが食事をとりたいと思う。天族になろうと習慣だけは忘れたらいけない。


「食べたい、です」


しかし普通に言うのは妙に恥ずかしくて小声になってしまった。それでもお二人の耳にはしっかりと届いていてお互い顔を見合わせると。


「よし、実優の為に作るか!」

「僕の分も用意してくれよ、スレイ」

「さっき天族は食事をとらなくても平気だーって言ったのはミクリオだろ?だからミクリオの分は無し!」


からかう様に言うスレイさんにミクリオさんが軽くだろうけど背中を叩く。冗談だってと笑うスレイさんと言葉は呆れているものの口角を上げるミクリオさん。お二人を見ていて胸が暖かくなった。
 
 
 
 
 
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