何故スレイさんの家で暮らしたいと言ったのかと言うと。わたくしは男性が苦手な為、確実に自分と同じ同性…つまりナッツさんや他の女性達家でお世話になった方が良いとは自分自身良くわかっている。でも不思議とスレイさんなら…大丈夫と思うわたくしがいて。勿論男性が苦手なわたくしはスレイさんに迷惑をかけるだろう。その分何か手伝いたい。いつも執事やメイドに任せているわたくしでも出来る事はあるでしょうし。…何より。
「ナッツさんの仰る通り…わたくしも、少しは男の人に慣れないと皆さんに迷惑をかけてしまいますので」
いつまでも男性が苦手だからとわがままを言ったら駄目だ。この機会に少しずつ慣れていきたい。イズチの皆さんなら…きっと話せる様になるはず。初めはスレイさんとミクリオさんに普通に接する事が出来る様になりたい。
「あ、ですがスレイさんが本当に良いのなら」
「勿論いいよ!」
言葉は最後まで続かなかった。グッと近づいたスレイさんの顔に思わず息を呑む。ち、近いっ…!でもここで逃げたら駄目…駄目、なのに…!
「っ、っ〜!」
「スレイ。実優が困ってる」
「あ!ご、ごめん実優」
拳を作り堪えているのがわかったミクリオさんが気を利かして助けてくれた。スレイさんが悪いわけじゃない。だからわたくしも謝った。笑顔で気にしなくていいと返されましたが。
「スレイの所じゃな。スレイ、しっかり実優を助けるのじゃぞ」
「ああ、わかってる」
すっ…と先程の笑顔は消え、真面目な声と表情にスレイさんを見る。わたくしの視線に気づいたのかこちらを見ると微笑まれて思わず目を逸らしてしまった。こういう行動がいけないとは理解できていても、反射的にしてしまうのはクセだ。
「帰れない場合はワシがまた考えるからの」
「ジイジ、だからその時はオレが」
「喧しい!」
全て言い終わる前にジイジさんが声を上げれば再び外では雷の音。何故ジイジさんが怒る度にタイミング良く鳴るのでしょうか。
スレイさんが唇を尖らすのを見てジイジさんは「全く…」と少しだけ呆れていた。ミクリオさんも額に手を当ててため息をついていた。も、もしかしてスレイさん、また同じ事を言おうとしていたのかな。
「ジイジ、少しいいか」
「何じゃマイセン」
「さっきから実優が帰れなかったら…なんて言ってるけど、記憶が戻ったのか?」
マイセンさんはわたくしを軽く見てからジイジさんに視線を戻す。記憶が戻った…?どういう意味でしょうか。
ナッツさんもわたくし達の会話を聞いて疑問に思っていたらしく、同じ質問をする。しかしこちらからすれば全然わからない為首を傾げる一方だ。ジイジさんだけはマイセンさん達の言葉の意味がわかったのか答えた。
「いや、戻っておらん。未だに実優は思い出せないままじゃ。さっきのは記憶を思い出し、帰れない事がわかった場合の話をしたまで」
「え?ジイ…」
「実優」
どうやらわたくしは皆さんの中では記憶が無いという事になっているみたいで、漸く気づいたわたくしはジイジさんに話そうとしたがミクリオさんに名前を呼ばれ人差し指を立てて自らの唇に当てる。それは今は何も言ったら駄目だという事。だから慌てて口を閉じる。
「そっか…。悪い実優」
「何かあったら言って。手伝うわ」
「あ…ありがとうございます」
正直こちらからしたら嘘をついている事になるから反応に困る。でもジイジさんはわたくしの事を考えて皆さんに言ってくれたのだろう。
マイセンさんとナッツさんが他の皆さんにわたくしがスレイさんの所で住む事を知らせに一度外へ出た。
「すまんのう。皆にはお前さんは記憶喪失という事にしているんじゃ」
「という事はオレ達も実優をそうやって見ないといけないんだよな、ジイジ」
「本当は実優が自分の事を言ってくれたら、僕達も協力出来るけどね」
ミクリオさんに悪気はないのだろう。それでもその言葉が胸に響いて何も言えなくなる。「急かすなよミクリオー」とスレイさんの笑い声だけが救いだった。