わたくしはこの世界の事をわかっていない。更に天族だからイズチから出て他の街に入ってもわたくしの姿は殆どの確率で見えない。見える人がいなければ話す事も物を買う事も出来ないし、暮らしなんてもってのほかだ。だったらイズチの杜で暮らせばいいと。ここならわたくしの姿を見えるからとジイジさんはわたくしに言う。
「ですがわたくしは…」
「わかっておる。帰れなかったとしてもここにいれば良い」
「ジイジ、さん…」
いつ帰れるのか、そもそも帰れるのかもわかっていないわたくしをジイジさんは優しい表情で招く。甘えても、いいのでしょうか。今までこの様に優しくされたのは両親や執事やメイド、友達以外初めてで。わたくしとイズチの杜の皆さんは他人。だからこそ甘えていいのか余計に悩む。
「事情はよくわからないけど、困っているのならオレ達も助けたい。な、ミクリオ」
「全く君は…。でもまあ彼女は本当に困っているみたいだし。…僕達に出来る事があるのなら手伝うけど?」
スレイさんは優しく笑い、ミクリオさんは照れくさそうに目を合わせてわたくしに言う。…ああ、ここの人達は何て優しくて温かい人達なのだろうと改めて思う。きっとここまでわたくしを優しく、温かく迎えてくれる方々はいない。
「よろしくお願い、します」
深々と頭を下げた。ジイジさんが皆さんに伝えなければなと立ち上がる。ならわたくしも挨拶しに、と立ち上がったがジイジさんはここで待っていていいと告げて出ていく。わたくしはいいのかと扉を見ていると。
「…立っていないで座ればいい。…というか、座ってくれ…」
「ミ、ミクリオが言う通り座ってていいよ」
「…?は、はい…」
何故かスレイさんとミクリオさんは顔を赤くしてわたくしから目を逸らす。理由を知らないわたくしは首を傾げながらも座ると沈黙。誰一人として話さない。わたくしは男性と話すのが苦手だから。だから気を遣ってくれているのだろうか。だったら申し訳無いなと思っていると、ミクリオさんがこほんと咳払いをしてわたくしに問いかける。
「君は一体何処から来たんだ?」
「ミクリオ」
「スレイだって気になるだろう」
「確かに気になるけど…。オレは彼女が話してくれるまで待つよ」
無理に話さなくていいから、とスレイさんが、ミクリオさんはため息をつきスレイさんに「スレイは甘すぎる」と少し呆れた声で言う。
再び訪れる沈黙。本日何回目なのだろうか。するとスレイさんが「そうだ!」と目を輝かせてわたくしを見る。
「まだちゃんと名前を言ってなかったよな!」
「ああ…そうだね。君の名前は?」
ミクリオさんの問いにわたくしは口篭る。だ、大丈夫、名前を言うだけなのだから。ジイジさんにも言えたのだから言えるはず。一旦息を吐き気持ちを落ち着かせる。
「実優、です」
「実優だね。僕はミクリオ」
名前を呼ばれるのがなんだか恥ずかしい。するとスレイさんがこちらに手を伸ばしてきて。顔を見れば笑っていた。握手しようという事なのかしら。
恐る恐る手を出したらスレイさんの手に引っ張られわたくしの手はスレイさんの両手で包まれる。
「オレはスレイ。これからよろしく、実優!」
「…こ、こちらこそ、よろしくお願いします。スレイさん、ミクリオさん」
なんとか手を引っ込めずにわたくしはスレイさんの手を少しだけ握り返したのだった。