アリーシャ邸にて一晩泊まる事になった導師御一行。既に外は暗い。もうすぐお腹を満たす時だと言うのに一人の天族を除く導師御一行はどうするべきかと食事をするテーブルの椅子に座り作戦会議を開いていた。そう、現在この場にいない一人の天族の事で。


「…どうする?家主であるアリーシャが断られた訳だし、僕達が頼んでも期待は出来ないと思うけど」

「も、申し訳ございません…」


悪気など一切ないがミクリオの言葉がアリーシャの心に刺さったのだろう。立ち上がり深々と頭を下げる彼女にミクリオが悪い訳じゃないよと慌てて否定した。彼女だけが失敗した訳ではない。ここにいる大半は説得出来なかったのだ。
一人の天族、実優の事で何を悩んでいるのか。それは彼女が現在厨房で料理を作っている事が原因だった。本来お嬢様という立場であった彼女は料理など一切触れていなかったのだが、この世界に来てからは迷惑をかける訳にはいかないという理由で時折、…彼女は気づいていないが仲間が作らせない様にしている為本当に時折だが作るのだ。そして今、その時折の時が来てしまった。


「ワタシは嫌よ。あの子の料理、差が激しすぎるもの」

「前回は確かハズレ、でしたよね」

「あれは食材の味がしなかった」


こうも作らなくていいと止めたがる理由は実優が作った料理は美味しい時と不味い時とがある。それの差がとにかく激しいのだ。美味しい時は普通に美味しいのだが、不味い時はとにかく不味い。本当に食材を使ったのかと疑う程に。見た目で判断出来れば良いのだが、やはり元々料理などしていない実優は常に見た目が悪い。口に入れないと判断出来ない分、尚更質が悪い。
ハズレだった時、大概デゼルとエドナは包み隠さず不味いと口にし、二回目の時は誰かに毒味をさせて大丈夫そうなら食べるという行為をしているのを間近で見ていても実優は落ち込む事はあっても彼女は諦めずに何度も料理をしようとするのだ。


「何も出来ないお嬢様は大人しく座っていればいいものを」

「あんたがそんな事言うから実優が意地でも作るって言ったんでしょ!」


事実を言ったまでだ、と腕を組んで反省していないデゼルにロゼは思わず声を上げる。
本来はアリーシャ邸宅にいる者が作るのだが、実優はどうしても作らせてほしいとアリーシャに頭を下げてまで頼んだのだ。そんな彼女の頼みをアリーシャが断るなど出来るはずがなく、現在実優は一人で作っている。
どうにかしなければと誰かが説得しようとすればする程実優のやる気度は上がっていく。説得しに行っていないのは残る二人。導師スレイ。風の天族ザビーダ。
説得する気がないスレイを見た後先に立ち上がったのはザビーダだった。自信満々に実優がいる厨房に行く彼に全員が不安になり付いていった。





よし、と順調に出来つつある料理を見て実優は小さく呟いた。今回こそ全員が喜ぶ味である事を祈りながら野菜を炒めている火を消し、次にするべき事をしようとした途端だった。
風を感じて目をそちらに映す。そこには壁に凭れながら見ていたザビーダがいた。目が合えば笑う彼に、実優は取り掛かろうとした作業をする為に目を逸らした。…という建前もあるが、直視出来ないというのもあったから目を逸らしたのだ。


「先に言いますが、わたくしは止めませんから。今回は大丈夫だと思いますので」


断言出来ない所、実優自身不安なのだろう。ましてや散々止められれば尚更慎重になるというもの。しかしそれでも頑なに作ろうとする度胸は素晴らしい事だと思うザビーダ。
当然ながら実優は全員に自分の料理を出す前に一度自分で味見している。その時は普通に食べられる程なのだが、いざ出してみて不味ければあの反応だ。自分の舌はアテにならない。つまり実優にとっても誰かが食べるまで当たりかハズレかわからない。


「別に止めるつもりはないけどな。でもさ、実優ちゃん」


ザビーダが実優の方に歩いていたのを背中を向けていた彼女は気づいていなかった。名前を呼ばれて振り向けば目の前にはザビーダ。反射的に叫びそうになる実優の口を片手で塞げば、後は逃がさない様にすればいい。彼女の後ろには丁度調理台。空いている手を付けば簡単に閉じ込められた。
この状況をどう脱すればいいのか実優はわからない。両手で拒めばいいのだが、普段避けたり先程の様に目を逸らしたりと既に態度が良くない対応をしているのに更にザビーダを傷つける様な事はしたくはなかった。


「料理よりも俺様とイイこと、しようぜ?」


口を塞いでいた手を離しもっと距離を縮めてくるザビーダに限界を感じて実優が両手で押しのけようとした、瞬間だった。突然ザビーダが背後から気配を感じて向かってくる何かを避ける為に実優の体に触れて風で避ける。
少し離れた所に移動した二人は何事かと正体を確かめれば、ペンデュラムが持ち主に戻っていくのが見えた。ペンデュラムが武器なのは二人。ザビーダとデゼル。ザビーダは隣にいる為、攻撃したのは必然的にデゼルとなる。


「やっぱり一人で行かせるべきじゃなかったわね」

「ザビーダさん…不潔ですわ!」

「み、皆さん!?まさか最初から…!」


見ていたのですか、なんて訊かなくても間違いない。ほぼ全員が呆れ顔になっているのが物語っている。実優の顔が真っ赤に染まるのも束の間、ロゼが実優とザビーダの距離を引き離す。よろけた実優を支えるのはアリーシャ。大丈夫ですか、と実優は声をかけられるが正直大丈夫な訳がなかった。


「アリーシャさんの邸宅でなんという事を…」

「お、お気になさらず!…その、お恥ずかしい話ですが、ザビーダ様の仰った意味が良く分からなかったのですが…」

「わたくしも何故か身の危険を感じただけで…。勉強不足ですね」

「そんな勉強なんてしなくていいから。頼むから変な所で息を合わせないでくれ…」


ミクリオが手を額に当てながら呟くが意味がわからず実優とアリーシャは首を傾げる。
その後実優がザビーダに目を向ければ自分とアリーシャ以外の女性陣三人に怒られていた。流石にそこまで責めなくていいと止めようとすれば壁に背中を預けているデゼルに引き止められる。


「あいつを助けるのはあのまま続けられても良かったという意味になるが。…ああ、何も知らない世間知らずのお嬢様は何事も経験したかったのか?」

「ち、違います!わたくしのせいでザビーダさんが怒られるのが嫌なだけです!」


また始まった言い合いにミクリオとアリーシャが慌てて止めに入る。そんな騒がしい中、困った表情で見ていたスレイは実優の姿を一度瞳に映してから厨房から離れたのだった。





程なくしてスレイは厨房に戻ったが既にもぬけの殻。実優さえいないという事はもう食事しているのかと考え足を作戦会議をしていた場所へと動かす。その場所に着けば全員が目の前に出されている料理を見て何とも言えない表情をしていた。まだ口にしてはいないのだろう。スレイに気づいた実優は待っていた様で緊張している表情で座る様に促す。
席についたスレイは直ぐに視線を感じた。仲間が早く食べろと急かしているのだとわかったスレイ。勿論言われなくても食べる気であった彼は実優にいただきます、と笑いながら口に運んだ。


「ど、どうでしょうか?」

「…うん、凄く美味しい!」


嘘偽りないスレイの笑顔を見て実優だけではなく全員が安心した様に息を吐いた。そして次々と食べていき美味しいと告げられる実優は嬉しそうに微笑んだ。
食事を終えアリーシャにしなくていいと止められたがそれを振り払い皿洗いをしている実優。今日の料理が成功した事が余程嬉しかったのか頬が緩んでいる。


「実優、手伝うよ」

「え、あ…スレイさん…」


しかしあまりにも喜んでいたせいかスレイが中に入っていた事すら気づいていなかった。いつの間にか隣にいた彼に何だか恥ずかしくなりながらも好意を断る。が、既に皿を洗っているスレイに遠慮しなくていいと告げられて言葉を詰まらせる。何故家主であるアリーシャは断れたのにスレイになると断れないのか。訳もわからず結局二人で洗う事になった。


「今日の料理凄く美味しかったよ」

「そう言っていただけると嬉しいです。見た目は相変わらず駄目でしたけど…」

「実優なら大丈夫だって!」


俺は好きだよ、と平然と言われて思わず実優の顔が赤くなる。誤魔化す様に洗い終えた皿を拭く。一番喜んでくれたのは間違いなくスレイだ。その事実は確実に実優を喜ばせている。
何度感謝してもお礼なんていらないと断るスレイの優しさを改めて感じつつも全て皿を拭き終えた時だった。実優、と名を呼ばれて隣にいるのをわかっている彼女は返事をして隣を見た。すると手を掴まれてしまう。


「ひっ…!?」

「ごめん。でも気になったから」


隣に立つ、立たれるのには多少慣れたものの、やはり触れられると驚く実優はつい叫びそうになったが何とか堪える。しかし別の意味で手を引っ込めたくなる。何故なら料理をする時散々包丁で手を切ったり熱い鍋やフライパンなどに一瞬触れてしまい火傷していたりととにかく綺麗な手ではなかったからだ。寧ろ如何に自分が失敗したのかと察してしまうだろう。後で治そうと思っていたのがミスだった、と後悔しても遅すぎる。


「いつも皆に言わないでいたのか?」

「…はい。自分から勝手にしていて迷惑をかける訳にはいきませんから。…?あの、スレイさん?何を?」

「そう言うと思って一応借りてたんだ。救急箱」


あの時スレイが厨房から抜けた理由は救急箱を借りる為だったのだ。実優の手を取ったまま、空いている片方の手で箱を開けてテキパキと治療する。消毒液で傷口を塗れば実優の顔は苦痛で歪む。天響術で回復すれば手っ取り早いのはスレイ自身承知しているが、実優が自分達の為に作って怪我をしたのならば治療してあげたかったのだ。


「ふふっ…」

「何?」

「あ、いえ。スレイさんはどんな時でも優しいなと思いまして」


言葉と共に微笑まれてしまう。ただ手当をしているだけというのに優しいと言われるとは思っていなく、ついキョトンとすれば実優は益々笑う。何が何だかわからないが、つられてスレイも笑ってしまう。
こうして他愛ない事で笑い合えるのはスレイにとって喜ばしい事だった。出会った頃は困らせてばかりで彼女の笑顔なんて殆ど見れなかった。だから尚更だ。


「怪我をした時はわたくしに言って下さいね」

「ありがとう。実優も隠さないで遠慮なくオレに言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


実優はスレイの優しさを、スレイは実優の優しさを改めて実感しながら笑いあったのだった。


―――――

いろは様リクエスト、夢主がパーティーの皆に料理をふるまう話、でした!
ゼスティリア組は両極端である夢主を何とか止めようと奮闘する、との事でしたのでしたが…如何だったでしょうか?
アリーシャ、デゼル、ザビーダがいるという設定だったのでその三人+本来お相手であるスレイをメインにしましたが…ほぼザビーダという結末!申し訳ございません。
個人的にはザビーダとの絡みの後、全員集合の所が楽しかったです。念の為に言っておきますが、今回のザビーダは夢主に対して恋愛感情とかは無いです。ただちょっとからかってやろう〜とか、そんな感じですね。
料理の事となるとゼスティリア組はあんな風に毒舌になったり、ちょっとキツい事を言ったり態度に出したりしていますが、当たり前ながらゼスティリア組は夢主を、夢主はゼスティリア組を大事に思っています。だからまあデゼルも日頃喧嘩していても真っ先に攻撃しようとして助けてくれたり、一言多いもの心配してくれたりしてくれる訳です。…攻撃は正直危ないですけどね←
最後にスレイとの会話ですが…何でしょうね、この糖分の少なさ。いつものキャッキャウフフはどうした!?ってなりました。もうちょっとキャッキャウフフ(言い方)させたかったなぁ…。


それではいろは様、リクエストありがとうございました!
また今回の様な企画をした時は気楽に参加して下さいませ!


※お持ち帰りはいろは様のみです。




 


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