燃える三人と絶望の俺


バンエルティアに乗り次の喰魔がいる目的地までの間俺は甲板で海を眺めていた。と言っても海が綺麗だーなんてそんな気持ちでみているわけではなかった。時々跳ねる魚。見る度に鳴る腹。つまり…腹が減っている訳で。魚を食べたいと思う訳で。
残念な事に料理の腕が壊滅的な俺は誰かに頼む事しか出来ない。が、この前アイゼンにお前を食いすぎだと散々文句を言われた為、簡単に『腹減った。メシ作ってくれ』なんて頼めない状態だった。


「名無し。海を眺めているのですか?」

「エレノア。…まあ、そうとも言えるし、言えない」


最初はライフィセットの件があって一緒にいたけれど、今は仲間だとちゃんと言える対魔士の女…エレノアは俺の言葉にどういう意味かと首を傾げていた。流石に気づかれたらエレノアの事だ、俺の為に料理を振る舞ってくれるだろう。でもそれは正直有難いけど同時にマズイ。バンエルティアにある食材を使う訳だから確実にアイゼンに怒られる。
そんな事にはなりたくないので腹が減っているのを悟られないようエレノアは何しに来たんだと話題を変えてみた。


「私は…その、名無しがここにいたから…」

「俺がここにいたから?俺に用があったとか?」

「い、いえ!少し名無しと話したいと思っただけです」

「俺と?ははっ、何だよ改まって。けどエレノアがそう思ってくれるなんて嬉しいよ」


多少驚いたが、俺みたいな奴と話したいだなんてあんまりいない。だからそんな好意を持ってくれる事が嬉しくて素直に伝えて笑ってみればエレノアの頬がみるみる赤くなっていく。言葉もしどろもどろしている。…エレノアを動揺させる事言ったか?よくわからん。
とりあえず心配だったから大丈夫かと訪ねてみると肯定するエレノアだが、どう見ても大丈夫そうに見えない。どうしたらいいのかわからず、俺も困ったなと頭を掻いた瞬間だった。


「名無し、儂という"愛人"がいながら浮気とはのー?」

「あ…愛人っ!?」


いつの間にか俺の隣にいた自称魔女、マギルゥが俺の腕に自らの腕を絡ませていた。…結構長い事一緒にいたはずなのにこいつだけは気配が読めない。今だって簡単に腕を絡ませられた訳だし。
そんなマギルゥを見れば目が合う。何も言わずただ数秒見つめ続けていると熱く見つめられると照れるとかなんとか冗談ばかり口にするマギルゥに一つチョップをかましてみた。


「誰が愛人だ。変な事言ってエレノアを勘違いさせるなよ」

「勘違いではないぞえ?昨日儂の所に来てあんな事をしたではないか」

「あんな事…!?」

「お前な…鼻摘むぞ?エレノアも本気だと思わないでくれ」


マギルゥの言葉を信じてしまって今度は顔が真っ青になるエレノア。しかもなんか冷めた目で見られているのは気のせいだろうか。つか俺何もしてないし!何で冷たい目を向けられないと駄目なんだ!
ところでいつまでこの状態なんだとマギルゥに訪ねると永久にだと返されてしまった。全く冗談ばっかり言いやがって。仕返しにからかってやるか。
マギルゥの正面に立ち、空いている手で腰に触れて引き寄せる。必然的に近くなった顔の距離。


「別に永久にでもいいけど、寝る時も風呂に入る時も一緒になるけど?いいのか?マギ…ぶぶっ!」

「近いわっ!」


頭突きとは言わないが頭に被っている大きい帽子が顔面に直撃。何でこうなる。まるで俺が悪いみたいじゃないか。まあ結果的に腕を離してくれたし、OKだよな。
疲れた訳ではないけど一度息を吐いてマギルゥを見る。てっきりギャーギャー文句言いに来ると思いきや、珍しく頬を赤く染めておりその熱を冷めさせ様と手で扇いでいる。…熱でもあるのか?もしくはさっきのは刺激的過ぎたのか?だったら悪い事したなとは思うけどさ。


「名無し!マギルゥとは、と…特別な関係では…」

「ないない。大体俺なんかが愛人だったらマギルゥが可哀想だろ?」

「お主は変な所で鈍感なんじゃ!」

「…それはマギルゥと同意見です」


正直に答えただけなのに何で鈍感呼ばわりされるんだ。こう反論する為に口を開こうとする前に盛大に俺の腹の音が鳴った。鳴ってしまった。生きてる証拠だから仕方が無いとか思うけど、このタイミングで鳴るのは仕方が無いで済まされるもんじゃない。
わざとらしく咳をしてみるが遅すぎる。お腹が空いたのかと訊いてきたエレノアにもう隠す事を諦めて頷いた。


「イズルトに美味な料理があるのじゃ。今から食べに行くかの?勿論、二人で」

「へえ、そうなのか?じゃあ今度…」

「待って下さい!名無し、ローグレスに行きませんか?私が美味しいお店を紹介します。…出来れば、二人で」


凄い"二人で"というのを強調している様に聞こえるのが不思議だ。何故かお互いを見つめるエレノアとマギルゥから闘争心を感じる。
しかしマギルゥが言う美味な料理も気になるし、エレノアが紹介してくれる料理も気になる。今度空いている時間に連れて行ってもらいたい。今から食べに行くのはマズイだろう。俺達は喰魔がいる所に向かっているんだし。それこそあいつに喰われる勢いで怒られるんじゃないか?


「エレノア、マギルゥ。今からの話で進めてるけど今度でいいぞ?ほら、ベルベットに怒られーーー」

「あたしが、何?」


不意に後ろから声が聞こえて驚いた声を上げつつ後ろに振り向く。心底呆れた様にため息をつき、気怠げに俺を見つめる長く綺麗な黒髪の女性。この仲間の中心的存在ともいえる…ベルベット。本当何というタイミングで来るんだ…。狙ってるのか?絶対狙ってるよな!?
動揺し過ぎで自分自身何を思っているのか訳もわからず、深呼吸をして無理矢理落ち着かせた。


「どうかしたのですか?」

「あんた達が名無しを囲んで騒がしくしているから気になっただけよ」

「とかなんとか言って儂らが名無しの傍にいるのが気に入らんだけじゃろー?」


頭の後ろで手を組み告げるマギルゥを睨むベルベット。俺の傍にいるのが気に入らない?マギルゥの言っている意味がわからん。
…まあとにかく、俺の周りに女性三人が揃った訳だが。せっかくなんだからガールズトーク?だっけ。すればいいんじゃね?と頭の隅で考えたけど、直ぐにする訳ないよななんて答えが出てしまった。想像出来ないし。


「俺部屋に戻るわ。エレノアとマギルゥ、さっきの件は時間があった時によろしく」

「待ちなさい名無し。…お腹、空いてるんでしょ?あたしが作ってあげる」

「…はい?」


まさかベルベットに呼び止められ、更に衝撃的発言をされるとは思いもよらずつい敬語で聞き間違いかと訊いてしまう。すると同じ事は訊くなと目で訴えられた。こ、こええ。男なのに怖いと思ってしまう自分が情けない。
でもアイゼンに怒られるからいいやなんて折角の好意を泣く泣く断る俺。ベルベットの料理って美味いんだよ。ライフィセットからちょっと頂いた料理が美味かったのが忘れられない。


「アイゼンからはあたしから言っておくわ。食材も最小限に抑えればアイゼンも文句無いでしょ」

「まあ確かにな。じゃあお願いしてもいいか?俺、ベルベットが作る料理が好きなんだよ。美味いし」

「すっ…!?」

「好きじゃとぉ!?」


いち早く俺の言葉に反応したのはエレノアとマギルゥの二人。そ、そこまで驚く事か?俺は言葉を発しない方がいいんだろうか。だったら非常に困る。
謎にショックを受けている二人と、若干頬が赤いベルベットを交互に見つつ俺はベルベットに行こうぜと誘う。しかし二人が俺達の事を止めてきて。


「ベルベット!勝負しましょう!」

「は?」

「誰が名無しを満足させるのかいざ尋常に勝負せい!」


あーだこーだ如何にも行かせない様に言ってくる二人にベルベットは勝負などしないと直ぐに断るが、納得しない二人。聞いている限りどうやら俺がベルベットを選んだのが気に入らないらしい。
いやいや、何でだよ?作ってくれるって言ってくれたからだろ?なんて言えば「だったら私が名無しの為に作ります!」とか、「お主は黙っておれ!」とか険しい顔で言い返されて圧倒されてしまい何も言えなくなった。


「…いいわ。あんた達を倒したらこれから毎日あたしが名無しに作るから」

「絶対負けませんよ!名無しの隣に立つのは私です!」

「儂が名無しに愛の手料理を毎日食べさせるからの〜。だから儂を選ぶのじゃぞ?名無し」

「何でこうなるんだよ!?」


つかこれ食材を最小限に抑えるとか無理だよな!?良く分からないけど原因は俺だし、確実にアイゼンに殴られるじゃないか!勘弁してくれよおおおお!
アイゼンに殴られるという未来しか見えない俺は三人の言葉を聞きつつ頭を抱えたのだった。

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レキ様からのリクエスト、ベルセリアの女性陣(ベルベット、マギルゥ、エレノア)で夢主を取り合う話、でした!
中々口調とか性格とか合っているか不安で仕方が無いですが、暖かい目で読んでいただけたなら嬉しい限りです。
なんやかんや夢主と一番ラブラブしてたのはマギルゥじゃないですかね?一応夢主に振り回されてる三人って感じで書きたかったのですが…何故こうなったんでしょう。
最終的に夢主が誰の料理を選んだのかは…レキ様の想像にお任せします!(個人的には選ぶ前にお怒りのアイゼンが来て中断されそうですけど)
夢主を取り合っている場面が少なくて申し訳ないですが、お気に召していただけましたでしょうか?

それではレキ様、企画にご参加ありがとうございました。
これからも『黒猫の鈴』を宜しく御願い致します!

※お持ち帰りはレキ様のみです。







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