短編(テイルズ) | ナノ

あなたがいるから


 




「ねえ、名無しはアスベルのどこを好きになったの?」

「…まーた随分急だなぁ。全部だよ、全部」


ラントにて疲れた体を休ませる為に少しだけ自由時間になった。私はパスカルと共に何も考えず適当にブラブラ歩いていれば不意にそう問われる。私も多少驚きながらも直ぐに返す。その答えにパスカルは面白くないと唇を尖らせていた。


「そう言うと思ったけどさー。もう少し具体的に教えてよー」

「あのね…人の恋愛を気にするより自分の恋愛を気にしたらどう?案外身近にあなたを想っている人がいるかもよ?」


とある彼の弟である青い髪の仲間を思い出し、失礼だとはわかっているが笑ってしまう。何処からか「放っておいて下さい!」と言う声が聴こえてきそう。
それっぽい事を告げてみてもパスカルはいるのかなぁと頭の後ろで腕を組むだけだ。つまり私の発言に深い意味は無いと思っているのだろう。うーん…ごめん、ヒューバート。相手は中々手厳しいね。


「…ん、噂をすればなんとやら、だ」

「あー、弟くんだ!」


なんとタイミング良く私達の目の前を歩いていたヒューバート。声をかけると私を見た後、パスカルを瞳に映す。すると微かに緊張している様に見えるのは気のせいかな。
何をしているのですか、と問われて素直にブラブラしてると返す。反応はイマイチ。寧ろ怒ってる?眉間に皺を寄せているんだけど。


「ごめんってば。パスカル独占してるからって怒らないで」

「だ、誰がそんな理由で怒るのですか!僕はただ、あなた達の行動が理解出来ないだけで…!」

「いいじゃん、弟くんも一緒に散歩しようよ」


言うやいなやヒューバートと仲良く腕を組むパスカル。距離が近くなったとか腕を組まれたとかで多分状況についていけてないヒューバートは一瞬で顔が赤く染まる。しかしパスカルは熱でもあるのかなんて首を傾げるだけだ。…何このリア充め。見ていて恥ずかしいわ。
照れくさいのか断るヒューバートだが折れないパスカルは私に行こうと声をかけてくる。が、私は断った。


「ごめん。私アスベルに会いに行くよ。じゃあね、二人とも。ヒューバート、ごゆっくりパスカルと楽しんで?」

「っ〜!後で覚えておいて下さい!」


かなりニヤニヤしていたのだろう。証拠にヒューバートが怒ってしまった。しかしそれすらも楽しくて軽く流しながら二人に背中を向けて歩く。向かうは先程言っていたアスベルの所。
それにしてもあれだけ目の前でラブラブしてたら悔しいよね。私だってアスベルとラブラブしたい!恋人じゃないですけど!いやまああの二人も恋人じゃないけどね!?


「でもいいなぁ…。私もアスベルと腕を組んだりしたい…」

「俺がどうかしたのか?」

「げほげほげほっ!ちょ、な…!?」


考えていた相手がいつの間にか隣にいてしかも歩いている。これで驚かない方が驚きなんですけど!?無理があるでしょ!
足を止めて心の中でツッコミのオンパレードの中、濃い赤色の髪に青と紫のオッドアイの瞳の彼ーーーアスベルが慌てる私の事を心配しつつも謝ってきた。


「何度声をかけても返事がなかったから隣にいたのだが…」

「あ、そうなの?気づかなかった…ごめん」


…いやいや待て待て。いつからいたのだろうか。もしかしたらさっきの心の声が漏れているかもしれない。そんなの困る。最早困る所の騒ぎじゃない。アスベルの顔見れないよ。
念の為にアスベルにいつからいたのか問いかけてみる。どうやらパスカルとヒューバート、二人と別れた所から丁度私の姿が見えたらしく声をかけてくれていたらしい。危うい。なんとも危うい。


「私何か口に出してた…?」

「何か言ってたけど…聞こえはしなかったよ」


思わずホッと息を吐く。自分が聞いてたら駄目だったのかと問いかけてくる彼に、「だ、駄目っていうか…その…」なんて口篭ってしまう。恥ずかしいだけです。ええ。
慌ただしい私を見てアスベルが面白そうにくすりと笑う。この仕草さえカッコよくて。ドキドキが止まらなくて。じっとアスベルの事を見ていたら気まずそうに指で自らの頬を掻く。


「ご、ごめん。百面相している名無しが面白くて…。怒らないでくれないか?」

「お、怒ってはないよ!?」


ときめいているだけだからね、うん。にしても私、アスベルの一つ一つの行動に、言葉に、一々反応するくらい好きなんだなぁ…と実感する。
話を変えてアスベルは私に何か用事があったのと訊く。まさか用事が無いのに隣に来たなんて事はないだろう。だってそれじゃあ私と歩きたかったって事じゃ…。って違う違う!


「母さんからケーキを頂いたんだ。良かったら名無しも食べないかと思って誘いに来たんだ。好きだろ?」

「ケーキ!?いいの!?」

「ああ。ソフィも名無しと食べたいって待ってるよ」

「ありがとう!じゃあ行こっか!…ふふふ、ケーキ、ケーキ!」


甘い物が好きな私は当然ながらアスベルの誘いを受ける。ルンルンしながら彼の手を取り歩き出せばアスベルが戸惑いながらも歩く。わざわざ誘いに来てくれるなんて…優しいなぁ。それに私が甘い物好きってわかっててくれているのが凄く嬉しい。
不意にパスカルが訊いてきた言葉を思い出す。アスベルのどこを好きになったか。やっぱり全部だけど…改めて言うとこの優しさ。そして、何よりも。


「名無し?」


私が立ち止まったからか声をかけてきたアスベルに体を向けて距離を縮める。見つめられてまたもや胸が高鳴るけれど、私も見つめ返して彼の頬に触れてみる。背伸びをして、それからーーー。


「!」


更に距離を縮めて、紫の瞳に…キスをした。何かが掠めたと思うくらいに短いキス。…ラムダを、受け入れた心の強さ。私がアスベルを一番好きだと思うのはこれだ。
唇を離した後は直ぐ様距離を取る。沈黙が続く中、何気なくアスベルの顔を見ればそれはもう真っ赤に染まっていて。負け時と私も顔が真っ赤だと思うけれど。


「よし、気を取り直してケーキ食べに行こう!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ名無し!今のは…」

「あーあー!さっきのは何も訊かないで下さーい!私も何でしたかわかんないからー!」


当然ながら気になるアスベルは私に訊いてきたが、私は手で耳を塞いで逃げる。彼は追ってくる。…今はアスベルと過ごす時間を大切にしていきたい。叶う事ならこれからもずっと、傍にいたい。その為に。


「アスベル。…絶対に、守ろうね」


大切な人達が住む世界を。皆の未来を。私達で守りたい。
アスベルに微笑んで告げる。彼も目を細めて力強く頷く。


「ああ、守ってみせるよ。名無しも、皆も」


大丈夫。私は彼がいてくれるから戦える。守れると思える。










あなたがいるから
(この世界を、守りたいと思う)




 




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