「ふーん、まぁ気にすることねーよ」
「でも…」
【幸せを願うだけ。】
「お前の好きな林は、そんなことでお前を嫌いになるような奴か?」
放課後の教室。日が沈むのが早い最近では、まだ5時なのに外は真っ暗だ。
「じゃ、じゃあさ…」
そんな場所に男女が2人きりとなれば、誰に見られて変な誤解をされても文句は言えないだろう。
もちろん俺達の関係は、誰かが期待するようなものではなく、"仲の良いクラスメート"なわけで。
「ん?どーした?」
俺としては、こうして俺に相談を持ち掛ける木村との関係を噂されるのは嬉しいのだが、あいにく木村には想い人がいる。
「今から林君に電話しようと思うんだけど、」
「ん、終わるまで一緒に居てやるよ。」
俺が木村を想っている事を、おそらく木村は気づいていない。
そして気づいてしまえば、木村は俺に気を使って、こうして俺に相談を持ち掛けることもなくなるだろう。
「ありがとう、相川。」
携帯を取り出して林に電話をかける木村の片手が、机に置いた俺の手に触れる。
じわじわと、木村の体温が俺の手の温度と同化していく。
「ん。まぁ林は怒ってないと思うけどな。」
細い指を、白い手を、俺の指に絡ませて攫ってしまいたい衝動を抑える。そんなこと、誰のためにもならない。
体温が完全に同化した頃、木村は電話を切った。
「林君、怒ってなかった。」
相川のおかげだよ。と、木村が嬉しそうに笑う。木村に触れる俺の手が一気に温度を上げる。
「だろ、」
いつも通りを意識的に作った笑顔で演じる。ほんとに俺は、嫌なやつだ。
自分が木村に好きだと言えないのを、木村のせいにして。今だって触れている手を離してほしくなくて、木村が気づくまでは自分からそれを指摘しようと思っていない。
相談にのるのだって、木村が心配というよりは、木村と一緒にいたいという下心の方が大きい。
「あ、ねえねえ!相川は好きな人とか居ないの?」
すっかり元気を取り戻した木村が明るくそう話し掛ける。
木村が俺の手をいっそう強く握った。
「木村、手…」
俺が指摘したそれは、木村の「ごめん」と言った少し照れた声と一緒に離れていってしまう。
ああ、俺は何を言ってるんだ。指摘しなければもう少し長く触れていられたのに。
「で、相川はいないの?好きな人。」
「…いねーよ、」
ここで、「お前だよ。」なんて言えればいいのだが、俺はそれを言って、さっきの手のように木村が離れて行ってしまうことが嫌で、気持ちをしまい込んだ。
木村は心配性だから、悩ませてしまうだけだ。
この気持ちを伝えても、プラスは生まれない。
自分に言い訳をしながら木村から目を反らす。
「いるんだ、」
「だから、いねーって。」
反らした俺の顔を覗き込んで、楽しそうに笑う木村と目があう。
ほら、今言っちまえよ。と俺の中の誰かが囁く。でも、言わない。
「いっつも私ばっかり相談にのってもらって悪いしさ、私も相川の相談にのるよ?」
木村と一緒に居たい。それなのに木村と他の男の間を取り持つようなことをしている。
矛盾だらけじゃねーか…
「ありがとな、木村」
「?まだ御礼言われるようなことしてないけど。」
幸せを願うだけ。
今はまだ、この距離で。
「なぁ、その相談って恋愛限定?」
「そういうわけじゃないけど…」
「…じゃあさ、俺に料理教えてくんねー?」
明日からは、もう少しだけ近くに。
10/12/26
素敵企画、眩暈様に提出。