吐き出した白い息が鉛色の空に吸い込まれて行った。
【指先から伝わる温度】
久しぶりのデート。
そんな日に限って、雪でも降りそうなくらいの寒さで、待ち合わせ場所に向かう気持ちは軽いのに、身体は重くて上手く動かない。
「待ち合わせ、中にすれば良かったな…」
少しだけ後悔しながら歩くと、待ち合わせの場所の時計の下に、見慣れた白色を見つけて、手を振って走り出す。
「ゼフィっ!」
「おせー」
遅刻だと言われて時計を見れば、待ち合わせの3分前。
「まだ3分前だよ」
「オレより遅い奴は遅刻」
そんなわがままなルールも、ゼフィらしいと言えばゼフィらしいけど。
「待たせてごめんね、」
「オレのこと待たせるとか、ありえねーよ」
「ごめんってば」
謝っても許してくれないのには、少し困ってしまう。
「っしし、じゃあ…」
チュッ。ゼフィの口角が上がったと思えば、小さな音をたてて触れた唇。
「なっ…!」
私が動揺しているのを確認して、満足そうに笑ったゼフィは、何事も無かったように歩き出した。
「さっさと行こーぜ、」
足を止めずに振り返り、私を呼ぶ彼の隣へ走る。
普段なら呆れてしまうような彼の行動にも、幸せを感じた。
「寒いね。」
ゼフィに追いついて、先程よりも重くなっている暗い空に、白い息を吐き出す。
「雪でも降るんじゃねーの」
楽しそうに笑って足を止めた彼に気づき、今度は私が彼の方に振り向いた。
「最近暖かかったのにね」
寒いのって苦手なのに。誰に伝えるつもりもなく、独り言を呟いて、白い息を上空に吐き出した彼の目の前に一歩近づくと、今までポケットの中にあったゼフィの右手が、私の首に触れた。
「ひゃっ、」
「っしし、同感」
意地悪な顔で笑うゼフィの手はすごく冷たくて、反射的に触れられた左側に首をすぼめてしまった。
それを見たゼフィの左手が、私の首の右側に触れる。
「っ、冷たっ…!」
「あったけー」
満足そうに笑うゼフィが憎いのに、その手を引き離す事なんて出来なくて、首に触れている彼の手に、自分の手を重ねた。
「…人の首で暖まらないでよ、」
首から熱を奪われた私の寒さをどうするつもり…とは思うものの、彼の手に触れた指先からも彼の手の冷たさが伝わり、少しだけ心配になる。
「誰かさんが寒い中待たせたからだろ?」
「ごめんって…」
仕方ないなぁと、鞄から私の手袋を取り出してゼフィに渡す。
「気が利くじゃん」
私の首と同じ温度になろうとしていたゼフィの手が離れて、手袋を受け取った。
「冷え症なの?」
私もゼフィも寒さはあまり好きじゃないので、寒い日に外でデートなんて、今日が初めて。
「はぁ?オレが冷え症ってありえねー」
「でも、めちゃくちゃ手冷たいし…」
ゼフィが冷え症だったら、ちょっとかわいいなと思いながら、再び歩き出した。
「お前が暖かいんだろ」
もう一度、空に息を吐き出して、そのまま空を見上げたゼフィは、おもむろに手袋を外して、私に片方だけを返す。
「ん。左手に着ければ。」
「寒くないの?」
そう問えば、楽しそうに笑ったゼフィの指が、私の右手を捕まえる。
「こっちのがいい」
こうすればもっと。そう言ってゼフィは私の手と指を絡めた。
手袋をした手よりもゼフィと繋いだ手の方がドキドキと熱くて、寒さを忘れてしまいそう。
「うん、」
私も。と、絡んだ指先に力を入れる。
ああ、たまには寒い日のデートもいいかもしれない。
指先から伝わる温度
見上げれば、さらに重量感を増した鉛色。
吐き出した白い息が鉛色の空に吸い込まれて行った。
10.12.22