何も、見えない
愛しい貴方の顔を、もう一度見たい
何も、聞こえない
愛しい貴方の声を、もう一度聞きたい
何も、感じない
愛しい貴方に、もう一度触れたい
何も、わからない
愛しい貴方は、今、どちらにおられるのでしょう
自分が生きているのか、死んでしまったのか、それすらも確認する術はなく、ただ、明るいのか暗いのかもあやふやな静寂だけを感じる。
オルヴァー様、オルヴァー様、私は今、何処にいるのですか?
オルヴァー様、オルヴァー様、私の声は、届いていますか?
オルヴァー様、オルヴァー様、オルヴァー様―――
貴方に伝えたい気持ちは、たくさんあるのに、今も尚増え続けています。
伝える術を持たない私には、それはただ辛く、寂しい。
もしもこの状態がヒトの"死"というものであるなら、神様は酷い事をする。
いっそ全て消してくれれば良かったのに。
感覚だけでなく、感情や記憶まで、全て。
「ユキ…」
ああ、愛しい人の声が聞こえる。
これは記憶と願望から生み出された幻聴だろうか。
「ユキ、」
暖かい。
夢でも見ているのだろうか。久しぶりに感じる温度。
「目を覚ませ、」
ユキ。愛しい人の声がもう一度私の名前を呼ぶと同時に、唇に、懐かしい感触。
これほど意識的に、そして慎重に、目を開けるという行動をしたのは、生まれて初めてだと思うほどに、ゆっくりと、目を開けた。
「ユキ、」
目を開けると、失ったはずの光と、1番に求めていた、オルヴァー様の姿が目に入る。
「オルヴァー、様…?」
これは夢だろうか。私は死んだのでは無かったのだろうか。
腕を上げる。その動作もまた、意識的に、慎重に、行う。そうしてオルヴァー様の頬に手を寄せれば、優しい手の平が私の手を包んだ。
「気分はどうだ?」
その表情は、最後に見たものと同じく、私よりもずっと苦しそうな表情。
「大丈夫です、」
オルヴァー様に触れる肌にオルヴァー様の温度を感じる。オルヴァー様の姿を確認できる。オルヴァー様の声を、聴くことができる。それは確かに、長く病床に臥していた私の、失ったはずの機能であるのに、その全てが夢であったかのように、もとに戻っている。
「そうか、」
よかった。そう言って笑うオルヴァー様の表情を見たのは、いつ以来だろうか。
「オルヴァー様、」
「おかえり、ユキ。」
再び触れた唇。
"おかえり"その言葉意味を、私はまだ知らなくて。
残酷なほど心地よい距離
ずっとこの時が続けばいいのに。なんて、心の底から願っていたんだ。