ひんやりとした貴方の手が頬に触れて、唇と唇が触れ合う。
彼はしきりに苦しくないかと聞くけれど、私よりもよっぽど苦しそうな表情をしていた。
大丈夫ですと笑って彼を見上げれば、よかった。と一言。彼の表情が少し明るくなった気がした。
疫病にかかり、体は食べ物も受け付けない。
もう長くはないと、医者に言われたのだから、きっと本当に私は死ぬのだろう。
「オルヴァー様、」
「ん?なんだ?」
私の手を握って顔を覗き込む彼の優しさに、胸が痛む。
「もう、私のところには来ないで下さい」
「…なぜ、」
「貴方に移してしまったら、私には後悔しか残りません。だから…っ、」
最後まで言い切る前に唇を塞がれた。こんなことしたら、移してしまう。
感覚の無い右手を彼の頬に沿えて、彼の顔を離そうとするのに、私の右手を捕まえて、彼は優しく微笑んだ。
「大丈夫、お前は心配をするな」
もう一度唇が近づいて、彼の柔らかい金髪が頬に触れた。
「いけません、オルヴァー様…」
私の手を握る彼の手が、温かいのか冷たいのか、柔らかいのか硬いのか、神経までもが病に侵された私には、それすらもわからなくて、ただ触れているという目からの情報のみをたよりに彼を止める。
「大丈夫だから、」
大丈夫。と言って私の頭をなでて、熱が上がってきたなと、私に布団をかけ直した彼がどんな表情をしているのか、視界が歪んで上手く見えない。
ああ、視覚まで奪われてしまうのか。
視界を覆おうとする靄がにくい。
「オルヴァー様、」
私はもう、長くありません。うっすらと見える彼の影を追うことが精一杯で、自分の身体がどのような状態なのかもわからない。
「最後に1つだけ、我が儘を聞いていただけますか?」
「なんだ?」
影が私の顔にかかる。私はちゃんと喋れているのだろうか、確認する術は残されていない。
「空を、見たいです。」
「…少しだけだぞ、」
布団が外され、彼の影が急に近くなったのを感じた。寒い。その感覚に、そういえば今は冬だったと思い出す。
まだ生きているんだと、感じた。
「苦しくないか?」
はい。と小さく頷くと、寒さが一段と増した気がした。
外に出たのだと、気づく。
「夕焼けが綺麗だ、」
彼が楽しそうに言うのを聞いて、きっと美しいのだろうと、彼が見る夕焼けを思い浮かべた。
見えていた影も闇に包まれ、私の瞳は一切の光も写さなくなった。
「我が儘を聞いて下さり、ありがとうございました。」
もう、悔いはありません。目を綴じて脱力して、見えない貴方の顔を思い浮かべる。
「戻るか?」
優しい声に頷いて、身体を預ける。しばらくすれば、布団の重量感だけが変わらず私を包んで、着物の擦れる音で、彼が隣に居ることを感じた。
「オルヴァー様、私は幸せでした。」
もう大丈夫です。だから、私の事は心配しないでほしい。もう、迷惑をかけたくない。
「大丈夫だ、必ず助ける。」
と言ってから、最後に耳元で囁いた後、襖を開けた音が聞こえて、彼が退室したことがわかった。
まだ大丈夫、
まだちゃんと、声が聞こえるだろ。
そう囁いた彼の言葉は魔法のようで、迫り来る死すら遠いものに感じさせた。