きっと僕は、君を誰よりも愛していた。

【君を除いた視界】

"幼なじみ"なんて、聞こえはいいけど、その頃の僕にとっての彼女は、母親が2人になったような気分で随分と欝陶しい存在だった。

「りょーちゃん、今日体育あるよね?体操着持ってる?お弁当忘れてない?」

「忘れてないよ、」

うるさいなぁ。と睨めば、シュンとして静かになる。初めはそんな彼女の表情に戸惑ったりもしたけど、今ではそれは日常の一部で。

「学校違うから心配なんだもん。」

彼女自身も、僕のことは弟のようにしか思っていないのだろう。世話をやくのは昔から変わらない。兄弟のいない僕らは、血の繋がらない兄弟のようだった。
曖昧な関係、友達よりも近いこの距離に安心していた。

「来んなよ、」

馬鹿。吐き捨てるようにその台詞を使うのも、もはや日常の一部になってしまった。

「また、喧嘩したって聞いたから…怪我してないか心配で。」

彼女と違って、僕は出来が悪かった。だからというわけではないけど、小学生の頃から僕は喧嘩ばかりしていて、その度に彼女に叱られながら手当をされる。
毎日のことではないけれど、それも日常の一部で。
話し合いの苦手な僕は、幾度となく他人と衝突した。その度に手が出てしまう。

「こんなん別に平気だから、」

もう来るな。それは彼女を危険な目にあわせたくないのと、男として、なんだか格好がつかない気がしたから、いつも言っていた。
それでも彼女は毎回現れて、少し悲しい顔で手当する。
僕は弱いわけではなかった。喧嘩で病院に行くほどの怪我はしなかったし、負けというほど明かにボコボコにされたこともなかった。
でも、喧嘩は嫌いだった。

「ほら、見せて?」

近くの公園のベンチに座って、彼女が僕の顔を覗く。
その悲しそうな顔が、嫌いだった。自分の喧嘩が彼女をこうさせてしまう事が、苦しくて。

「大丈夫だって。」

その表情から逃げるように視線を反らして、立ち上がる。
僕だってもう、子供じゃない。

「りょーちゃん、」

ちゃんと待っててね。と言ってハンカチを濡らしに彼女が走って行った、すぐ近くの水道。それと反対方向に僕は歩き出した。
手当なんて、必要ない。
罪悪感を残しながら、公園から出て横断歩道を渡る。
点滅する、歩行者用の信号。

「―――――、」

一瞬、全ての音が消えた気がした。
渡りきった横断歩道を振り返れば、動きを止めたトラックと、その側で横たわる見慣れた制服。

「…結衣!」

白と黒の地面を赤く染める液体。
握られたハンカチに、僕の後悔が溢れ出す。
次に彼女に会ったのは、地味な色で仕切られた額縁の中だった。

“事故だった。”

僕以外の人は口を揃えて僕に言うけれど、そんな一言で片が付く感情ではなかった。
僕がいたその場で、僕を追いかけて、彼女はそうなってしまったのだから。
フラッシュバックする情景。僕の顔を覗く悲しげな彼女の表情、翔けていく後ろ姿、点滅する信号、消える音声、そして白と黒を染める赤。
“事故”だなんて、そんな単語では割り切れない感情。

気づいたら、僕は喧嘩をしていた。溢れ出す感情が苦しかった。忘れたかった。
それでも、脳裏にちらつく、彼女の声と悲しげな表情。

『りょーちゃん、』

いつもより怪我は少ないはずなのに、ヒリヒリと痛んで、苦しくて、涙が零れた。

『痛くない?他に怪我してない?大丈夫?』

きっと僕は、君を誰よりも愛していた。
それでも、曖昧で友達よりも近いその距離に甘えていた。
ずっと一緒に居られるのだと、思っていた。


君を除いた視界


僕の隣に彼女が居ない世界が、こんなに寂しいものだなんて。
あの時の僕は、考えもしなかったんだ。



11.03.02
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