鉄線の足音で目が覚める。
ああ、今日も平凡な1日が始まったんだ。

【かいだん】

大きく伸びて、欠伸をしながらキッチンに向かうと、鉄線が忙しそうに部屋を歩き回っている。

「ねぇ、ご飯はまだ?」

私が催促しながら近づけば、軽く頭を撫でて、少し待ってろと言って笑う。
鉄線の手の平が気持ち良くて、少し照れる。

「ほらよ、」

お腹を空かせた私の前にご飯の入った皿と牛乳を置いて、自分も席に着く。
星座占いの番組を見ながら今日の鷺草さんはどうだとか、食器を洗いながら昨日の鷺草さんはどうだったとか、私には興味の無い話しをしながら、制服に着替えている鉄線の姿は、いつもと変わらない。

「ねぇ、今日も学校なの?」

玄関に向かう鉄線の後を追って、私も玄関に行って聞く。
家で鉄線を一人で待つのはとても退屈で、寂しい。

「ん?なんだよ、お前は連れて行けねぇからな。」

靴を履いて、私を軽く撫でた彼は、困ったように笑うんだ。

「じゃあ、今日も鉄線が帰って来るの、待ってるね」

行かないで。なんて言えるわけもなく、鉄線と一緒に家を出て、私は昨日と同じ、彼の背中を見送る。
私はと言えば、鉄線が帰って来るまで暇なので、日当たりの良い、階段で彼を待つ。
少し風が冷たいけど、この階段はとても暖かい。
また大きく伸びて、欠伸をする。

「君、また此処にいるの?」

鉄線と同じ制服を、鉄線よりもカッチリと着こなした、桃色の瞳の男の子。
彼はときどき私がいる階段の前を通って、たまにこうして私に話し掛ける。

「うん、あなたは今日も学校?」

彼は私を軽く撫でると、大きな口を開けて欠伸をした。

「ふぁ…、風紀を乱す人達がいるからね、」

足速に歩く彼は、すぐに見えなくなってしまった。

「わぁ…!」

見かけない女の子が私を見つめる。

「…?どうしたの?」

女の子は、頭の後ろで1つに纏めた髪を、ゆらゆらと揺らしながらこちらに近づいて来る。
私は逃げることも出来ず、戸惑いながら彼女を見つめた。

「かわいいっ!」

そう言うと、彼女はいきなり私を抱きしめた。

「ねぇ、あなたは学校に行かなくて良いの?」

鉄線や、さっきの男の子と違う服を着た彼女の腕から抜け出して、心配をしながら問えば、思い出したように彼女は慌てだす。

「そうだ!」

また来るね!と言って走って行ってしまった彼女の背中を見送ると、眠気が襲ってきた。
早く鉄線、帰って来ないかなぁ、なんて。たった今別れたばかりなのに、もう寂しくなっている自分がいる。


「ったく…、お前はまた此処に居たのか」

優しい声で目を覚ます。
いつの間にか眠ってしまっていたのだろう、気づくと夕方で、目の前には鉄線が居た。

「お帰りなさい、」

飛び起きて鉄線に近づけば、優しく頭を撫でてくれて、くすぐったい。
鉄線の淡い金色の髪が、夕日のオレンジ色に染まる。

「鉄線、髪が綺麗だね」

鉄線の髪に手を伸ばして、キラキラと輝くそれを掴もうとする。

「いてっ、」

爪立てんじゃねーよ。と鉄線は怒ってしまったので、少し悲しくなった。

「…ごめんね、」

「今のはてめぇが悪いんだからな、」

帰るぞ、そう言って彼は私を抱き上げる。

「…っ!鉄線、自分で歩けるよ」

私の言葉なんて無視して、そのまま階段を上る鉄線に必死で抗議する。

「ニャーニャーうるせぇ、」

帰りたくねーのか?少し困った顔をする鉄線の腕から抜け出して、部屋の前に行く。

「もう子供じゃないんだからね、」

「猫語なんてわかんねーよ」

鉄線は困った顔のまま笑って、鍵を開ける。
家に入ると、また鷺草さんがどうだったとか、私には興味の無い話しをするけれど、貴方が大好きだから、もっと声を聞きたいんだ。

「ねぇ、もっと聞かせて?」

ソファに座る鉄線の隣に座る。

「なんだよ、甘えてきて…」

だってそれは、鉄線が大好きだから。
人間である鉄線には私の言葉は通じないけど、それでも側に居られるだけで幸せだよ。

鉄線の手が私に触れる。
大きな手が、私を安心させる。
なんだか眠たくなってきちゃった。
大きく伸びて、欠伸をする。


かいだん


明日も此処で、貴方の姿を探すんだ。



11.02.06
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