ここで貴方に私が縋ってしまえば、きっとそれは貴方の枷となり、命を奪う。
だから、――
【無償の嘘にでも埋もれてみたい】
「珍しいね、」
月明かりが、木々の間から漏れて彼の銀色の長い髪を照らす。
「まあなぁ…」
珍しく言葉を濁した彼は私のそばの木にもたれかかった。
此処は、私たちがまだ学生だった頃に、よく刃を交えた場所。
「またザクスさんの愚痴?」
国を護ると騎士になった彼は、ずいぶんと上司のザクスさんに気に入られたようで、毎日のように扱かれては、溜まった鬱憤を吐き出しにくる。
「…そんなんじゃねぇ」
冗談のつもりで言った私に、いつもの覇気を全く感じさせない声が返ってくる。
「大切な、話なんだよね?」
いつもなら、適当な店やうちの隊長に会いに来たついでに話すのに、真夜中の此処に呼び出すなんて、人に聞かれてはマズイ、真剣な話。
わかっているけど、聞きたくないと、聞いてはいけないと思う自分がいる。
「あぁ…、でけぇ仕事を任された。」
これが普通の、商人や職人の話なら、きっととても嬉しい事なんだろうけど、生憎私たちの生きる世界は、仕事の大きさに死のリスクが比例する。
「…いつ行くの?」
「夜明けには向かう」
その言葉に一瞬動揺してしまい、目を伏せる。でも、この気持ちを悟られては、いけない。
もう一度彼を見上げて、精一杯笑う。
「ねぇ、久しぶりだし、ちょっと手合わせしない?」
お願い、何も言わないで。いつもみたいに大きな声で話して。
行かないで、なんて言えない。剣を交えたらきっと私の気持ちを知っていてもらえる。
ぐるぐると、矛盾した想いが沸き上がり、涙が出そうだ。
「あ゙ぁ!?」
仕方ねぇなぁ…なんて、剣を抜いて構える姿は、あの頃と一緒。
「っ…!」
「おい!てめぇ、真剣にやってんのか!?」
ガッガッと剣がぶつかり合い、少しだけ、彼の気持ちが見えた気がした。それと同時に、私の気持ちも彼に伝わってしまっているのかもしれない。
「ねぇ、覚えてる?」
「なにをだ?」
追い詰められて、交わった刃越しに愛しい銀色を見つめる。
「前は、私って自分で髪を結べなかったでしょう?」
今も伸ばし続けている髪が、いつしか貴方との思い出の一つになるなんてね。
「相当な不器用だからなぁ、」
口角を上げた唇が、懐かしむように細めた瞳が、愛しい。
行かないで、ひとりにしないで…なんて想いを、必死に掻き消して言葉を紡ぐ。
「貴方に言われるまで、邪魔なんて思ってなかったんだけどね、結んでもらってから、髪を下ろしているのが欝陶しいの。」
フッと剣の力が弱まって、殺気も消えた。
「思い出話なんて聞きたくねぇ」
そのまま立ち去ろうとした彼の右手を掴む。
「まってよ!」
「オレの用はもう済んだ」
そんな風に冷たいことを言うのに、私の手を振り払わない貴方は、やっぱり優しくて。
その優しさを、違う部隊に入ってから何度も忘れようと思ったのに、忘れられないまま、こうして貴方を想ってしまうんだ。
「…これ、」
貴方とはじめて刃を交えた日。私の髪が欝陶しいと言って私にくれたゴムを差し出す。
「なんだぁ?」
ずっと、私にとってお守りのようにして持っている。私の、大切なもの。
「これから戦場に行くってのに、そんな髪じゃ邪魔でしょう?」
私は貴方と共には行けないから、せめてこうして、少しでも、私の想いだけでも、傍にありたい。
「てめぇ…」
王への忠誠のためとかで伸ばしている髪を、私が邪魔にしたからか、少しだけ不機嫌そうに受け取った。
「だから、貸してあげる。」
(ちゃんと返しにきてね。)
ここで貴方に私が縋ってしまえば、きっとそれは貴方の枷となり、命を奪う。
だから、貴方のために嘘に埋もれるのも、悪くない。
「てめぇは…良いのかぁ?」
良いことなんて、ひとつも無いよ。でも、此処で弱いところなんて、見せられないから、私は貴方が帰るまで、嘘をつく。
いつもみたいに笑って、貴方の枷にならないように。
「ほら、さっさと行きなさいよ」
無償の嘘にでも埋もれてみたい
(それで、早く帰ってきてよね。)
11.02.04
素敵企画、真っ赤な嘘様へ提出。