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「ここから出る出口を探しつつ、記憶石を割っていく。そういうことで、いいでしょうか?」


征十郎くんの問いかけに、まだ、少し不満げな表情を見せる人が何人かいる。けれど、目の前でさつきちゃんが記憶を取り戻した事もあってか、不満を口に出す人はいない。反対の声がないことを確認した征十郎くんがゆっくりと視線をこちらへ。目が合ったことに気づいて、ほんの少し目を見開くと、じっと向けられる赤い瞳がどこか優しげに細まる。


「…あなたのことを、散々怪しんでいた。それなのに、今からあなたの事を思い出したい、と言うのは、随分と虫のいい話です。けれど、ここから出るためにも、そして、あなたの事を知る“俺たち”の為にも、記憶を取り戻すために協力して頂けますか?」


問いかけられた言葉に、否というわけがない。もちろん。という意味を込め、大きく頷けば、ふっと満足そうな笑みを浮かべた征十郎くんが、視線を皆へと戻す。


「では、今後の動きの確認為にも、もう一度、各校の代表で集まりましよう」

「そうだな」


征十郎くんの集合の声に大坪くんが答え、各校の主将たちが赤司くんの元へと集まっていく。「それじゃ、俺も」と日向くんを見送り、さつきちゃんと共にテツヤくんと大我の元へ向かおうとしたその時。


「お待ちを!!!!」

『え…あ、は、はい…?』


ばっと突然目の前に現れた森山くん。え、な、なに?目を丸くして森山くんを見ると、ぱっと表情を明るくさせた森山くんは、私の両手を握る。


「ああ…!俺はなんて罪深いのだろう…!こんな、こんなに美しいあなたの事を忘れてしまっているなんて!!!」

『あ、あの…森山くん…?』

「しかし安心して下さい!!化け物とやらを倒し!記憶石を壊してあなたの記憶をすぐ様思い出してみせますので!!どうか!この森山由孝を!!お許しください!!!」


両手を握ったまま、ずいっと顔を近づけてきた森山くん。真っ直ぐに向けられるその視線には、疑いの眼差しは全く感じられない。森山くんは、本気で言っているのだ。ツンっと鼻の奥が痛む。あ、ダメだ。泣きそう。だめ。泣いちゃダメだ。
きゅっと引き結んだ唇で緩やかに弧を描く。瞳に張った涙の膜をそのままに微笑んでみせれば、今度は森山くんの目が小さく見開かれた。


『…ありがとう、森山くん。こんな、こんな状況なのに、そんな風に言ってくれて……本当に、ありがとう』


笑みとともにポロリと零れた涙。それを見た森山くんは丸くしていた目をゆっくりと細めると、握っていた手を解いて、大きな右手をゆっくりと頬に伸ばしてきた。


「…本当に、俺はどうしようもない奴ですね。あなたの事を、こんな風に泣かせてしまうなんて」

『そんなことない。そんなことないよ、森山くん。……でも、あの…どうして、その……』


どうしてそんな風に言ってくれるのか。どうして思い出したいと思えるようになったのか。森山くんの手が頬から離れる。視線を彷徨わせてから、伺うように彼を見上げれば、柔らかく目を細めた森山くんが、ゆっくりと視線をテツヤくんやさつきちゃんへ。


「…桃井さんが目の前で証明してくれた。俺たちは、あなたの事を知っていて、忘れてしまっているって。それに、」

『それに…?』

「あなたのような美しい人を忘れたままなんて、そんな勿体ないこと!俺が俺を許せないからです!!!」

「…台無しですね…」


きりっとした顔で拳を作って声を張る森山くん。テツヤくんの言う通り、ちょっとだけ、台無し感がある。でも、森山くんらしいとも言える。
幸くんが言っていた。森山由孝くんという人は、女の子が大好きで、軽口ばかり言うけれど、仲間思いで、スリーポイントが得意な、とても頼りになる仲間なのだと。
くすくすとさつきちゃんと顔を見合わせて笑えば、どこか安心したように眉を下げた森山くんが何かを思い出したように後ろを振り返る。


「笠松!小堀!お前達も挨拶しろよ!」

「……」


森山くんに名前を呼ばれて、主将たちと話していた幸くんと、黄瀬くんと話していた小堀くんがこちらを向く。あ、今、初めてここで、幸くんと目が合った。一瞬だけ確かにかち合った視線。けれど、幸くんはすぐ様目を逸らし、無言のまままた背を向けてしまった。


『っ……』

「おい、笠松、」

「……とりあえずは、赤司の言う通り記憶石っつー石を壊して出口を探すっつーことに賛成だ。けれど、それはあくまで“とりあえず”だ。俺は、まだソイツを100%信じたわけじゃない」


視線を向けられることなく吐き出された言葉は、温度のないもの。幸くんは、間違っていない。この状況で、怪しい人間を無条件に信じると言える方がおかしい。でも。それでも。

“名前姉、”

ずっと呼ばれてきたその呼び方が、どうしようもなく懐かしい。照れ屋で、でも、男らしくて、小さな頃から私なんかのそばに居てくれた。

そんな彼は、ここにはいない。

背中を向け、集まっている赤司くんたちの元へと向かう幸くん。そんな彼から目を離すように俯けば、「名前さん…」と心配そうにさつきちゃんが手を握ってくれる。


『…大丈夫…幸くんは、間違ってないし…』

「……きっと、きっとすぐに皆さん思い出してくれますよ!」


気を紛らわせようと笑いかけたくれるさつきちゃんの温かさに、冷たくなっていた指先がじんっと暖かくなっていく。「ありがとう、」と微笑み返した私に、さつきちゃん緩く首を振った。


「(でないと皆、自分を追い込んでいくだけだ)」
私を忘れないで 7

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