「名前、手伝うよ」
ドリンクの入ったボトルを入れた籠がいつの間にか手からなくなる。え、と顔を上げて籠の行方を追うと、奪われた籠は辰也の手の中に。
『いいのに』
「ついでさ。俺も今から戻るところだから」
軽々と籠を持って歩き出す辰也。こういう所がモテそうなんだよなあ。と羨ましくなるほど整った横顔を盗み見ると、「なんだい?」と不思議そうに首を傾げられた。
『…優しいなあっ思って』
「女性にこんな重いもの持たせて歩かせられないよ」
『仕事だからいいんだよ』
「ははっ、名前は真面目だね」
他愛のない話をしながら体育館へ戻ると「氷室!入れ!」という荒木さんの声に辰也はコートへ。丁度3コートに分かれて交代で3on3をしているところらしい。辰也はこの合間にタオルを取りに行ってたのだとか。キュッキュッとリノリウムの聞いた床をシューズが擦る音が響く。ダンダンと床をつくボールの音がやけに心地よくて目を細めると、「すんません、ボトルいいっすか?」と汗を拭きながら日向くんが歩いてきた。
『あ、うん。どうぞ』
「どもっす」
『…楽しそうだね、みんな』
「そりゃ、こんだけの面子で合宿できるなんて早々ありませんしね」
『そうだね』
ガンッと青峰くんが決めたダンクで、ゴールが大きく揺れる。取れちゃうんじゃないかというくらいの衝撃に目を丸くして驚いていると、隣では日向くんが顔を引き攣らせていた。
『すごいね…』
「迫力がやべえよ。あーあ。火神のやつ、対抗心燃やしてらあ」
『ホントだ…黄瀬くんも青峰くんに釘付けだね』
「…それはそうと、先輩もきちんと水分補給してくださいよ。俺らのことばっか気にしてないで」
『あはは、ありがとう。…あ、そうだ、日向くん、ちょっとお願いがあるんだけど、』
「なんす「名前さん、」げっ…今吉さん…」
日向くんの声を遮るように現れた翔一くん。お疲れ様、とボトルを差し出すと、それに続くように幸くんや清志くん、健介くんもこちらへ。皆にボトルを渡している横で日向くんが終始顔色を悪くしている。体調でも悪いのだろうか。
「…随分、仲がええんですね。…日向と、」
『え?ああ、うん、まあね』
「で?何頼もうとしてんだよ?」
「俺らでよければ手伝うぜ。今回のメインは一二年だからな」
厳しい顔をした清志くんと幸くん。その視線は、何故か日向くんを捉えている。2人とも、なんで日向くんを見つめているのだろうか?不思議に思いながらも、「大丈夫だよ?みんなは休んでて」と眉を下げて言うと、4人が4人とも同じような不満そうな顔をする。
『皆はブランク明けの練習で疲れてるでしょ?日向くんは、普段からリコちゃんに鍛えられてるし、多少私がこき使っても大丈夫だと思うから』
「(火に油注がないで下さい…!)」
ダラダラと更に汗をかく日向くん。もしかして、彼も無理させてしまっただろうか?高いところにある物を取ってもらおうと思ったのだけれど、また後でにした方がいいみたい。
「日向くん、あとで頼んでいいかな」と尋ねると、「え゛」と声を上げた日向くんは、少し視線をさ迷わせた後、小さく「うす」と頷いてくれる。その直後で交代の声がかかり、ボトルを返してくれた日向くんはコートの中へ。どこかほっとした顔をしていたのは気の所為だろうか?
「…名前さん、日向のこと、随分頼りにしてるんすね」
『…なんか、頼りやすくてついね』
「…俺は、頼りにくいですか?」
『え?』
どこか拗ねたようなその物言いに健介くんを見れば、ムスッとした顔でコートの中の日向くんを見つめている。あ、もしかして。とほかの3人を見ると、健介くんと同じように日向くんに視線を送る3人がいて、耐えきれず、笑ってしまう。
「…何笑ってんだよ、名前姉」
『っふふ、ごめんね。でも、皆が可愛くて、つい』
「…可愛いって言われても嬉しくねえんだけど」
『…けど、可愛いものは可愛いんだから、言うくらい許してよ』
手を伸ばして一番近くにいる幸くんの髪を撫でる。汗でしっとりと濡れている髪に手をすべらせると、「ばっ…!汗かいてんだぞ!」と幸くんに慌てて距離をとられた。別にいいのに。
久しぶりだし、ほかの3人の頭を撫でてもいいかなあ。と清志くん、健介くん、翔一くんへ視線を移すと、こちら意図が丸わかりだったのか、顔を顰めて距離を取られた。残念。
そんな事をしているうちに、4人のインターバルは終わったらしい。「皆さん次ですよ!」というさつきちゃんの言葉に、ビクッと肩を揺らした幸くんと、されぞれ返事を返した3人はまだどこか納得出来なそうにしながらもコートの中へ。その姿がなんだか微笑ましくて、頬を緩めていると、「名前さん!ドリンク下さい!」と今度は笑顔の黄瀬くんが。
『はい、お疲れ様』
「どうもっス!」
『…』
「?なんスか?」
『…ちょっと屈んで貰ってもいいかな?』
「?はい?
よし。とさっき皆を撫でられなかった分まで、黄瀬くんのキラキラした金髪を撫でると、「へ!?あ、あの…?」と黄瀬くんの耳が赤くなる。可愛いなあ。幸くん達も、こんな風に素直に撫でられてくれればいいのに。振り払われないのをいい事に黄瀬くんの頭を撫で続けていると、「名前さん…?」と困惑した声で名前を呼ばれたものだから、仕方なく手を黄瀬くんから離す。
『ごめんね。なんか、ちょっと誰かを甘やかしたくて』
「い、いや!そんな!嫌じゃなかったスよ!ただ、ビックリして…」
照れながら頬をかく黄瀬くんは、モデルというより、年相応の男の子の顔をしていた。そんな黄瀬くんの頭にもう一度手を伸ばそうとすると、そこに和成くんが現れて、「俺も甘やかして下さいよ!」と言ってきたので、つい、2人纏めて抱きしめてしまったのは許して欲しい。
合同合宿編 2