1 君が、いた
「清水先輩っていつも一人ですごいですね!」
部活が始まる前皆で着替えていると、急に日向が言った言葉に「当たり前だ!」と田中が声をあげた。
「なんてったって潔子さんだからな!!」
なぜか威張って言う田中に、「なんで田中が威張るんだ?」と苦笑いしていうと、「う、」と田中が言葉を詰まらせた。
そんな下らない日常のヒトコマだけど、どこか物足りないものがある。
「まあでも確かに清水はよくやってくれてるよ」
「急に2人が1人になっちゃったしな」と大地が言うと、えっ、言うように1年が反応した。
「他にもいたんですか?」
「んあ!?…ああ、まぁ…正確には今もいるんだが…」
歯切れ悪く田中が答えると「へー!」と日向が面白そうに言った。
この場に西谷がいなくて本当に良かった。
そんなこと思っていたら、運悪く部室のドアが開いた。
「ちーっす!!」
いつもと変わらずニッと笑って入ってきた西谷に1年達は立ち上がって挨拶を返した。
これで、あの話は話題から反れるだろうと思って止まっていた着替えの手を再び動かしたとき、「そうだ!」と日向が声をあげた。
まさか、と思ったのは俺だけじゃなく大地や東峰に田中もで、全員の顔が青くなった。
「ノヤっさんも知ってるんですか?」
「?何をだ?」
「もう1人のマネージャーさんのこと」
笑っていた西谷の顔が一瞬で固まった。
田中がしまったと言わんばかりにゴクリと喉を鳴らす。
「…西谷先輩?」
答えない西谷を不思議に思ったのか、日向の隣にいた影山が声をかけると、西谷ははっとしたように「ん?…ああ、…知ってる」と答えた。
「どんな人なんですか?」
「…いいヤツだぜ」
「…西谷先輩?」
何か様子のおかしい西谷に日向と影山が首を傾げたとき、すかさず田中が間に入った。
「おう!1年!!も、モタモタしてないで練習すっぞ!!」
「え、でもまだ開始の時間じゃ、」
「う、うるせ!先輩が言ってんだ!」
「行くぞ」と日向と影山を引っ張って行った田中にようやくほっとした。
西谷にこの話はタブー。
これは烏野バレー部の暗黙の了解である。
だから、ここ最近では誰もふれなかった。
苗字に関して。
「西谷、」と大地が心配そうに声をかけると「大丈夫っす」と西谷にしては珍しく元気無さげな声が返ってきた。
「じゃあ、俺もお先に」
逃げるように部室を出た西谷。
その背中はなんだかいつもより小さく見えて、声をかけようとしたけど、なんて言えばいいのか見当もつかず、ただただ出ていく背中を俺たちは見つめていたのだった
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