福井がやり直す 前編
「お前…福井じゃねえか?」
「っ、か、笠松に…宮地…?」
「どうしたんだよ?そんなに息切れして?」
「…実は…」
福井健介。25歳独身、職業 小学校教員。
そんな俺がもう日が落ちそうな街の中を走り回っていたのは、俺の彼女を見つけるためだ。
近くにあった居酒屋に入って、さっき久々に会った高校時代のライバルである、笠松と宮地にそう言うと二人は不思議そうに首を傾げた。
「見つけるって…いなくなったのか?」
「…今朝から音信不通で、仕事終わってからアイツの家に行ったら…空き部屋になってたんだよ…」
「…つまり…」
「逃げられたのか?」
グサリ。
そんな音が聞こえる気がした。
もっとオブラートに包んでくれよ。
宮地の言葉に渋々頷くと、笠松が「心当たりはないのか?」と聞いてきた。
心当たり、。
昨日の夜までは名前の部屋で一緒に過ごしていたし、特に変わったこともなかったような気がする。
そう二人に伝えると、「もっとよく思い出せ」と言われ、再び記憶を辿る。
「…そういえば…」
「なんか思い出したのか?」
「いや、その…アイツ、何か様子がおかしかったような…」
首を捻ってそう言うと、「どんな風に?」と笠松も首を傾げた。
どんな風に、
そう聞かれると説明しづらい。
何かを隠しているような、けどどこかソワソワしているような、そんな感じだった。
それを二人に伝えると、再び三人で頭を悩ませる。
そのとき、ふと昨晩の名前の言葉を思い出した。
「“…赤ちゃんて可愛いよね”」
「「は?」」
「いや、昨日テレビでたまたま赤ちゃんが映ったときに、名前がそんな事言って…」
「……お前、それになんて返したんだ?」
「……“可愛いけど、今はまだいらないだろ”って……」
…まさか。
自分の顔から血の気が引くのが分かる。
目の前にいる二人も小さく息をはいている。
何気ない会話だったし、特に気にしなかったけれど、あれは、つまり。
「っ、クソっ!!」
「あ、おい!福井!!」
立ち上がって店から出ようとすると、笠松に腕を掴まれた。
「落ち着け」と言う笠松に、「落ち着いてられっか!!」と思わず怒鳴ってしまった。
「最低だ、オレ…。アイツの気持ち、何も気づいてやめとくなかった…!」
ギリギリと奥歯を噛んで、拳を握ると、「福井、」とやけに真面目な顔をした宮地が正面に立つ。
なんなんだ、早く行かせてくれ。
そんな思いで、宮地を睨むようにして見ると、宮地がゆっくりと口を開いた。
「後悔、してるか?」
「…はあ?」
「だから、後悔してんのかって聞いてんだよ!轢くぞ!」
声を大きくした宮地に、それを軽く諌める笠松。
そんな二人に「…当たり前だ、」と顔を歪めると、今度は笠松の真剣な目が俺をうつした。
「…もし、予想が当たってたとしたら、お前…どうするつもりだ?」
「そんなもん、決まってんだろ」
“好きな女との子供を見捨てるわけねぇ”
ハッキリとそう言うと、どこか満足したような安心したような顔をした二人は目を合わせた。
いったいなんなんだ。
そんな事を思ったけれど、今は気にしていられない。
二人の間を通って行こうとすると、今度は宮地に腕捕らえられる。
「行くぞ」
「あのなぁ、今お前らに付き合ってる暇は…「後悔してんだろ」!」
「だったら、“やり直す”べきだ」
ニヤリと笑った宮地に数回瞬きをする。
こいつ、何言ってんだ?
混乱しながら笠松を見ると、同じような顔をされた。
「後悔してんなら、信じろ」
笠松という男のことは、バスケを通してしか知らないが、コイツは、人が大変なときに、ふざけた冗談なんて言ったりはしない。
少しの沈黙のあと、「わかった」と頷くと、二人はどこか嬉しそうに笑った。
“赤ちゃんて、可愛いよね”
あのとき、テキトーに返した俺は本物の馬鹿だけれど、アイツも馬鹿だ。
言葉が足りない。
「(お前とのガキなら、可愛いに決まってんだろ)」
前を歩く二人を追う足を早めると、二人が小さく笑った気がした。
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