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3 視界不良


北さんは優しい。

そう言うとバレー部員のほとんどが何言ってんだこいつ、みたいな目で見てくる。
確かに自分にも他人にも厳しい人だし、滅多に笑顔を見せてくれることもない。でも、何かと気にかけてくれているし、困っていたら「どないしたん?」と助けてくれる。「それは苗字限定じゃない?」と角名は言っていたけれど、そんなことはない……とも言い切れない。部の中で唯一の女子ということもあって入部当初から声を掛けて貰うことは多かったけれど、分かりやすく手を差し伸べられるようになったのは、去年の夏。インターハイが終わった後の事だ。

その頃の侑は、インターハイ準優勝という結果に納得いかず、それなのに周りが「準優勝おめでとう!」「惜しかったな!」なんて声を掛けてくるものだから、侑の機嫌は頗る低下していた。きゃあきゃあと騒ぐ女の子達に目もくれず、毎日毎日練習に励んでいた侑。しかし、そんな侑に気づく事の出来ない子もいて、ある日、練習を終えた私たちを待ち構えるように校門に立っていたのはインターハイ後に侑のファンとなった二人組の女の子だった。


「あ、侑くん!練習お疲れ様!!」

「これ、手作りなんやで!よかったら食べてや…!」


女の子が差し出してきたのは綺麗に包装された手作りのクッキーだった。「ええなあ、」と羨ましそうに呟いた銀島。今回のインターハイでは、銀島や治はベンチ入りメンバーには選ばれたものの、中々活躍する機会は得られなかった。きっと来年になればレギュラーとしてバリバリ活躍する事だろうとユニフォーム姿の銀島と治がコートに立っている姿を思い浮かべていると、女の子達からフイっと顔を反らした侑がそのまま歩いて行こうとしている。
おいおい、と尾白さんが侑を止めようとしたのだけれど、それよりも早く女の子達が侑の前へ回り込んだ。あ、これはマズイかもしれない。
「けっこう美味しくできたと思うんよ」「受け取ってや」と尚も食い下がる二人に煩わしそうに顔を顰めた侑が足を止める。止まってくれたことに気を良くした女の子達が目を輝かせたその瞬間、プツリと侑の中で何かがキレるような音がした。


「キーキー、キーキー…うっさいねん!この雌豚ども!!」

「め…………」

「え………??」

「誰がクッキーなんて持ってこい言うたん??誰も言うとらんやろうが!!勝手に作って持ってきて受け取れやなんて自分勝手にも程があるわ!!俺はお前らみたいなんに構っとるほど暇やないねん!!分かったら早よ俺の前から消えろよこのブ『ちょっと待って、侑!!!』ふがっ……!!」


女の子にブスはマズイって!!ていうかもう雌豚どもとか言ってる時点でアウトだから!!
慌てて侑の口を塞いだものの、時すでに遅し。ポカンとしていた女の子達の顔がみるみる赤くなって行き、クッキーを差し出していた手がワナワナと震え始めた。


「っちょっと活躍してチヤホヤされとるからって調子乗らんでや!!!!」

「そうやそうや!あんたらみたいな脳筋バレー部なんて、こんな時くらいしか見向きされんくせに……!!だいたいなあ、気持ち悪いねん!!何が“暇やない”や!!バレーバレーって毎日毎日汗だくになって練習してアホやないの!?」

「なんやて……!」


手のひらを返すとはこういう時に使うのだろう。怒りに任せて侑を貶し始めた女の子たちに侑が一歩前へ踏み出す。さすがに侑の身体を抑えることは出来ないため、「治!!銀島!!」と同級生二人の名前を呼べば、意を汲んだ二人が侑の腕を掴んで動きを止めてくれる。
そんな私たちを見ていた女の子たちは「あんたも大変やなあ」と小馬鹿にするように笑ってみせる。


「こーんな汗臭い連中の相手させられて、迷惑やろ??ホンマ可哀想」


そう言い残し、踵を返して立ち去ろうとした二人組。「待てやこのブス共!!!いてこますぞ!!!!」と騒ぐ侑を横目に、気づいた時には彼女達の背中に向かって口を開いていた。


『全然可哀想じゃないですよ』

「っは……?」

「お、おい、苗字…??」

『確かに部室は汗臭いし、侑はバレー馬鹿だし、クセのある人達が多い部活ですけど、』

「おい」

『でも、毎日毎日汗だくなって練習する皆を誰よりも近くで応援出来る。試合に勝てば嬉しくて、負けたら悔しいって想いも少しは共有してもらえる。次に向けてひた走ろうする背中を、支えることができる。そんな今の自分が私は結構気に入ってます。だから、全然、全く、“可哀想”なんかじゃないですよ』


足を止め振り向いていた女の子達が悔しそうに唇を震わせ、「うっさいわブス!!バレー馬鹿たちと一緒に去ね!!」と叫んで走り去っていく。ブスも去ねも侑に言われ慣れている私からすれば、このくらいの暴言はノーダメージだ。ケロッとした顔で女の子達の背中を見送っていると、「苗字、」と北さんが隣に並んできた。


「…お前も言い返したりするんやな」

『え?私そんなに大人しそうに見えますか?』

「侑と治と比べれば、そう見えるなあ。それに、侑に突っかかられても言い返したりせんやろ?」

『…まあ、侑のブスだのなんだのと言う罵りには慣れちゃったんで。それに………さっきの彼女達の言葉には納得できなかったんで、』

「……まあ、オレらの事をあんな風に思っとる連中も居るやろな。そんな奴らにいちいち言い返してたら身が持たんで」


仰る通りである。
侑相手と同様に聞き流すなりなんなりするのが正しい対応だろう。「すみません、」と眉を下げて謝れば、「けど、」と付け加えるように口を開いた北さんが、女の子達が消えていった方へ視線を向けた。


「正直さっきのは俺もスッキリしたわ」

『え……』

「ありがとう、苗字、」


ゆるりと目じりを下げて柔らかく笑んだ北さん。笑った。北さんってこんな風に笑うんだ。あまりに優しい微笑みに、「いえ、そんな、」とどぎまぎしながら首を振ってみたものの、初めて見た北さんの笑顔の破壊力は凄まじく、目の前がチカチカしてしまう。そんな私の肩をポンっと叩いた北さんはそのまま不満そうに顔を顰めている侑の元へ。
ドキドキ煩い心臓の音を落ち着かせるように深く息を吐いて空を見上げると、お月様の光がいつもより輝いて見えた。



北さんの笑顔は凶器
(侑、そろそろ落ち着かんかい)
(せやけど北さん!あの雌豚どもが!!)
(言わせたい奴には言わせとけ。…それに、一番近くに分かってくれとる人が居るんやからええやろ)

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