夢小説 完結 | ナノ
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背中


懐かしい。
ここへ来て一体何度そう思っただろう。

さつきと他愛のないお喋りをするとき、カラフルな彼らのバスケを見る時、緑間くんと本の話をしたとき、赤司くんに飴をあげた時。
どことなく感じた既視感。まるで、1度体験したことがあるような感覚。
ふわふわと温かくなる胸に詰まった想い。これがなんなのか、よく、分からない。
分からないけれど、やっぱり何処か懐かしい。

お風呂に浸かりながら諦めていた“中学時代”の記憶を、ほんの少し思い描いていた。私は、誰かと笑っていた気がする。ぼんやりとまるで雲を掴むようなそれは、まるでハッキリしていないけれど、誰かと、いや、みんなと、笑いあっていた気がする。


『っ…ダメだ……痛い……』


思い出そうとすれば、まるでそれを咎めるように襲ってくる頭痛。目元を抑えて思考を止めれば痛みが少しずつ引いていった。
思い出すのは止めよう。そう決めたのに、今更何をしているのだろう。
少し浸かり過ぎた温泉から出て脱衣場へ抜けると、頭がボーッと白くなる。長湯し過ぎたせいだろうか。着替えを終えて、中途半端に濡れた髪をそのままに部屋へ向かっていた途中、「うお!?」曲がり角で誰かとぶつかってしまった。その拍子に、一瞬視界がが真っ白になった。


「!?おい!!大丈夫か!?!?」

『……っ…す、すみません…大丈夫、です』

「いや、全然大丈夫じゃねえだろうが」


立ちくらみのせいで床に座り込んでしまった。
視界に色が戻ったのを確認して顔をあげると、ぶつかってしまった相手に呆れたようにため息をつかれる。
あ、彼は確か。


『…青峰くん…?』

「……んだよ?」

『あ、いえ…さつきに、名前聞いて…』


上から睨まれるようにして見られ、慌てて視線を落とすと、目の前に色黒の大きな手が差し出された。きょとんと目を丸くして、手と青峰くんを見比べると痺れを切らしたのか、青峰くんに腕を掴まれた。
「早く立てよ」「あ、は、はい」
引っ張られるままに立ちがあると、再び視界が白くなる。なんとか耐えようとしたけれど、耐えきれずに横に傾いた身体は、床へ倒れ込むことはなかった。あれ?
パチパチと瞬きを数回して顔をあげれば、なんと青峰くんが肩を支えたくれていた。


「…具合、わりいのか?」

『え、いや、その…ちょっと逆上せちゃったみたいで…』


「ふーん」と興味なさげに返事をした青峰くん。何故か手を離してくれない。困惑したまま彼を見つめていると、そっと肩を離した彼は背を向けてしゃがみ込んだ。


『…え?あ、青峰くん…?』

「…乗れ」

『…へ?』

「いいから、早く乗れ」


…乗れって、つまり、おんぶってことですか?
ポカンとしたまま固まっていると、顔だけ振り返った青峰くんにジロリと睨まれた。


『い、いいです!大丈夫です!歩けます!』

「あ?さっきまでフラフラしてた奴が何言ってやがる」

『で、でも、私重いし…』

「…乗らねえなら担ぐぞ」


どうやら青峰くんは引き下がってくれないらしい。担ぐって。いや、青峰くんなら出来そうだ。仕方なく言われた通り彼の背中に乗ると、「っし」と言って軽々と立ち上がった青峰くんは部屋の場所を尋ねてくると直ぐに歩き出した。
あ、これもなんだか懐かしい。背中から感じる温もりに目を細めていると、背中の主が小さく声をかけてきた。「…生きてっか?」「生きてますよ」なんて質問だ、と小さく笑うとそれに気づいた青峰くんが「笑うな」と拗ねたように言う。
ちょっとだけ可愛いなんて言ったら怒られるだろうか。


『…青峰くん、背中広いですね』

「…自分じゃ分かんねえよ」

『広いですよ。凄く。それに…なんだか、懐かしいです』


もう少しで私の部屋につく、という所で青峰くんが足を止めた。もしかしたらここで下ろしてくれるのだろうか。でも、その気配がない。
「青峰くん?」横から彼の顔を覗き見ると、青峰くんは昼間の見たときのように、悲しそうな顔をしていた。ああ、まただ。そんな顔させるつもりで言ったのではないのに。


『…すみません。何か気に障ることに言ってしまいましたか?』

「…ちげえよ。気にすんな」

『でも、昼間、見学に行った時もそんな顔してました』

「どんな顔だよ」

『…悲しい、って顔です』


青峰くんの返事が途切れる。図星をついてしまっただろうか。


「…んな顔してねえよ」

『……じゃあどんな顔ですか?』

「…あー……マイちゃんに会いてえなあって顔」

『マイちゃん?誰ですかそれ』

「堀北マイちゃんだよ」


ああ、グラビアの。というか、もし本当にあの顔でそんなこと考えていたなら、ある意味凄い。
ぷっと吹き出して笑えば、少しだけ見えた青峰くんの横顔が柔らかくなったのが分かった。


『…青峰くん、ここまでで平気です。部屋、すぐそこなので』

「…最後まで送る。倒れられたら目覚め悪ぃし」


そう言ってまた歩き出した青峰くん。見た目によらず律儀な人だ。
することもないのでとんっと彼の背中に額をくっつけてみると、青峰くんの肩が小さく揺れた。


『…やっぱり、懐かしいです』

「…」

『…私、誰かにこうして背負われたことあったんですかね…?』

「…親父とかじゃねえの?」

『そんな感じじゃなくて、もっとこう…』


遠くて近い、“あの頃”のように。
そこでふと気づく。あの頃とはどの頃だろう。もしかして忘れてしまった中学の頃だろうか。ピリッと走った痛みに慌てて考えることをやめると、「苗字、」青峰くんの声に意識を彼に移した。


「……ここでいいのか?」

『え…?あ、は、はい』


どうやらいつの間にか部屋までついていたらしい。
ゆっくりと膝を折って下ろしくてくれた青峰くんに「ありがとうございます」と頭を下げると、大きな手に軽く髪を撫でられた。あ。そうだ。


“マネージャーのくせに熱中症でぶっ倒れるとか、アホだな”

“返す言葉もございません…”

“ちゃんと水分補給しろよ馬鹿”

“………にだけは馬鹿とか言われたくないなあ”



『…熱中症…』

「っは?」


ポツリと零した言葉を青峰くんは拾ったらしい。鋭い目を見開く姿は少し意外だった。


『…多分、熱中症で倒れたとき、誰かにこうして運んで貰ったんだと思います』

「……思い出したのか?」

『断片的ですけど、少し。…でも、運んでくれた相手のことは思い出せないんです』


黒い靄のようなものが邪魔をして、相手の顔を遮っているせいで、記憶の中の友人たちの顔は何一つ思い出させない。
残念に思いながら眉を下げると、安心したような、でも寂しそうな顔をした青峰くんが再び頭を撫でてきた。


「…スゲエイケメンだろ。ソイツ」

『…は?』

「お前のこと運んでくれるやつは、きっと俺みたいになイケメンに決まってんだろ」

『…ぷっ……ふふっ…。…そうかも、しれないね』


あ。笑ってしまって敬語付けるの忘れてた。
すみませんと謝ろうと青峰くんと合わせた視線。そのとき見た青峰くんの表情は、なんだか凄く優しいもので言葉が喉に詰まった。


「…そっちのが、しっくりくるわ」

『え…?』

「ケーゴは要らねえって言ってんだよ」


「じゃあな」と言ってクシャっと髪を一撫でした青峰くんはそのまま来た道を引き返してしまった。
その背中が酷く誰かと重なるのに、その“誰か”が分からないことが無性に苛立ってしまった。

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