first
「おはようございます」
今朝はいつもより少し遅れてしまった。昨日の夜、先日撮った練習試合のビデオを見ていたせいかもしれない。挨拶をして部室へ入ると、既に3年生が揃っていた。早く着替えようとしたのだけれど。
「…あの、どうかしたんですか?」
「…赤葦、お前、アレ見てなんも思わねえのか…?」
「アレ?」
着替えもせずに固まっている先輩たちに首を傾げると、青い顔をした木葉さんが人差し指で何かを指した。一体どうしたと言うのか。
不思議に思いながら、指された先を追うと、そこには木兎さんの姿が。木兎さんがいたにしては随分と静かだ。眉間に皺を寄せて手元の何かを見つめる彼に声を掛けようとしたとき、目に入ったのは、その手の中にある1冊の本。
「…は」
「だろ?やっぱりそうなるよな??俺達の見間違いじゃねえよな!?」
「木兎のやつ、最近何かおかしいと思ったら…」
「熱でもあるんじゃないか?」
確かに。熱でもあるのかもしれない。
木兎さんが読書だなんて、やはり何かの間違いだろう。そうだ。漫画か雑誌を見間違えたに決まってる。昨晩、もっと早く寝れば良かったかな。なんて考えながら木兎さんの手にある本に目を向ければ、本の中に並んでいるのは小さな文字たち。
「…あの、俺、ちょっと眼科に行ってきても…」
「いや、赤葦、その気持ちは分かるが、見間違いじゃねえぞ…」
「青天の霹靂ってこういう事をいうのか…」
神妙な顔をして顔をつき合わける先輩たちに、つい頷いてしまう。
そんな俺たちの様子に気づいたのか、手元の本から視線をあげた木兎さんが「おお!」何故か目を輝かせた。
「あかーし!ちょうどいい所に!」
「…ナンデスカ…?」
「これ!何て読むんだ??」
「…“唐突(とうとつ)”ですね…」
「ふーん…どういう意味だ?」
「…まあ物凄く簡単に言うと、凄いいきなりってことですね」
「へえ…」
いや、へえって。感心したように小説の文字に目を落とす木兎さんを怪訝そうに見ていると、「…そ、そろそろ部活行くか」小見さんが少し不自然に声をあげた。
「そ、そうだな」「お、おおそうだそうだ朝練だ」
小見さんに続けるように着替え始めた先輩たちに倣って自分も着替え始めると、「うし、練習すっか!」木兎さんも本をロッカーへ片付けて着替え始めた。
「…あの、木兎さん」
「お?どうした?」
「…その本、どうしたんですか?」
「えっ!こ、こ、こ、これか!?こ、これはだなあ…その…あれだよ!あれ!!ど、読書の秋な気分だったんだよ!」
「今は夏ですが」
「そ、そういえばそうだな!!…と、とにかく!今俺は!本を読みたい時期なんだよ!」
「…そうですか」
明らかにおかしい。これは絶対に何か隠しるな。
焦った様子で着替えを終えて出ていこうとする木兎さん。ジャージが裏表逆になっているのはツッコんだ方がいいのだろうか。
バタンと勢いよく扉を閉めて出ていく背中を見送っていると、木葉さんと小見さんが面白いものを見つけたように口元に笑みを浮かべた。
「あれは、何かあるな」
「ああ、絶対何かある」
「…あんまり面倒を起こさないで下さいね」
深いため息をつくと、鷲尾さんに大きな手が肩に乗せられた。
頼むから、何事もなく終わってくれ。
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