case30 笠松幸男&高尾和成
「…もうやめようぜ。高尾」
「っ!笠松さん!!何言ってるんすか!!」
「…直に、バレる。黄瀬だって黛だってそうだったんだからな」
「でもっ…!俺は…!!」
「名前の事が好きなのは、俺も同じだけど、これ以上は、もう無意味だ」
…え?なに?どういうこと?予想を超えた展開に目を回していると、申し訳なさそうに眉を下げた笠松幸男が頭を下げてきた。ちょっと、この人何してるの??
「悪かった、名前」
『…えっと…これは、その…どういう…』
「…俺たちは、全員でお前を騙そうとしてた…いや、言い方がちげえな…。…お前の恋人になるために、嘘をついてたんだ」
『……えーっと……』
「…最初に、黄瀬がお前に言い寄ったとき、本当はしってたんだ。病室のドア越しにたまたま聞こえてたから。けど…俺は、アイツが嘘ついてるって教えるんじゃなくて、俺も嘘をついて、お前の彼氏のふりをすることにしたんだ」
『…なんでそんなこと…?』
「お前が、好きだからだよ名前」
笠松幸男の声が空気を揺らした。
何度か聞いた台詞なのに、その言葉は、何故か今までのものとは違う気がした。どこか、諦めているような、そんな。
「…俺は、高2のとき、1回フラれてんだよ」
『…え…』
「高尾も、インターハイの会場で、もうお前に断られてる」
「っ」
「お前のことが好きでも、届かなくて、仕方ないって諦めようとしても、諦めることができない。やり場のない想い抱えて、そんなとき…お前が事故にあった。その上記憶喪失にもなってる。黄瀬は、馬鹿だが、意外と頭が回る。だから、多分、アイツは、恋人になるために、恋人だと嘘をついた」
笠松幸男の言葉が頭の中で反芻される。ドンドン新しく入ってくる情報の整理が追いつけずにいるのに、笠松幸男は更に言葉綴った。
「そして、黄瀬を倣うように、俺がお前の彼氏は俺だと言った翌日。赤司から、連絡がきた」
『…なんて…?』
「…赤司は、このままゲームをしようと言い出した」
ゲーム?そう口に出す代わりに首を傾げると、笠松幸男の目が更に細められた。よく見ると、高尾和成の手は震えている。どうして彼らがこんな反応を見せるのか。
促すこともせずに、ジッと次の言葉を待っていると、今度は笠松幸男に代わり、高尾和成が固く閉じていた唇を動かした。
「…俺たちは、赤司に勧められたんです。“名前さんが好きなら、ゲームに参加しないか”って。そのゲームは…俺達で貴女を騙すこと。そして、最後までバレなかった奴が勝ちで、ソイツはそのまま、名前さんの恋人になれる」
『な、にそれ…そんな…そんな勝手な!!!』
好きだったら、どんなことをしてもいい?ふざけんな。人の不幸をなんだと思ってんだ。
睨むように2人を見ると、悲しげに伏せられた2対の目がユラユラと揺れた。
「…悪い……今は、それくらいしか言えない」
「…すんません…」
耳に届いた謝罪は、頼りなさ気なか細いものだった。とても、バスケをしてコートで輝いている彼らの物とは思えない。
謝られた所で許す気なんてないけれど、ここでこの2人を責めた所でどうにかなるわけでもない。「もういいよ」と言って首をふると、力のない瞳がゆっくりとコチラを向いた。
『…質問、してもいい?』
「…俺たちで、答えられることなら…」
『…今吉くんや、宮地くんも、赤司くんに誘われたの?』
「…いや、俺も赤司の言う“ゲーム”に誰が参加してんのか詳しくは知らないが…あの2人は、多分、参加はしていないと思う」
『…そっか…。…それと、もう一つ。…私には、本当は“恋人”と呼べる人がいたの?』
「…いや、俺は知らない。もしかしたら、俺の知らない所で、いたのかも、しれない」
歯切れの悪い返事に「教えてくれてありがとう」とお礼を言ってから、踵を返すと「名前さん!」高尾和成に呼び止められた。
「……あの、本当に…っ、すみませんでしたっ…」
『…それは、私が記憶を取り戻したら、もう一度言ってあげて』
最後に見た高尾和成の顔は、泣きそうなものだった。
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