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case28 桃井さつき


昼休憩を終えて体育館へ行くと「大丈夫なんですか?」と入り口近くにいた伊月俊に声をかけられた。「大丈夫だよ」と笑ってみせたけれど昨日のこともあるせいか、微妙な顔をされた。それに苦笑いを溢してからドリンクの準備をしている相田リコの手伝いをしようと水道へ行くと目当ての彼女がいない代わりに。


「名前さん!!」

『さ、さつきちゃん…』


目が合うと駆け寄って来たのは桃井さつきだった。うわあ…なんてエンカウト。「大丈夫なんですか!?」「まだ寝ててもいいんですよ!?」と両手で右手を掴んできた。心配してくれているのは分かるのだけれど、如何せん彼女には前科があるため素直に喜べない。大丈夫だよと伊月俊に言ったように返すと、桃井さつきの顔に安堵の色が浮かべられた。


「よかった…」


そう小さく、でもはっきりと溢した桃井さつきは本当に安心しているようだった。よく分からないなあ。どうしてこの子があんなことをしたのだろうか。
「ありがとう」と返しながら桃井さつきの様子を伺っているとどこか悲しそうな笑顔を向けられた。


『…私のこと、嫌いになりましたか?』

「え……嫌い…というか、その…困ってはいる…かな」

『…そう…ですよね…。あんなことするなんて、私どうかしてました…。ごめんなさい…!!」


素直に頭を下げてきた桃井さつき。
この子を味方にすることは、すなわちこの意味の分からない状況を抜け出す大きな一歩になる。なんせ情報収集のスペシャリストなのだから。
頭を下げているせいで垂れている長い桃色の髪を柔らかく撫でると、桃井さつきの顔がゆっくりとあげられた。


『私のこと、心配してくれたんだよね?それなら、責めるわけにもいかないよ』

「っ…名前さん!!」


勢いよく抱きついてきた柔らかな体を受け止めると、小さな嗚咽が聞こえてきた。可愛いは正義って本当かもしれない。慰めるように背中を擦ってあげると、桃井さつきの腕に力が込められた。


「っ私…怖かったんです…。名前さんとは仲良しだったはずなのに、記憶がなくなってから、名前さんが他の人たちの所に行ってしまいそうで…!!」


ごめんなさい。そうもう一度謝ってきた彼女に心の中で降参ポーズをとる。こんなに可愛い子をこれ以上泣かせるわけにはいきません。ただ、桃井さつきの“特別”になるわけにもいかない。彼女がアウトなのは分かっているのだし。
目を合わせるために細い肩を押すと不安そうに涙で濡れる桃色の瞳が向けられた。


『さつきちゃん、“今の”私とあなたはまだ知り合ったばかりだし、前のようにはいかないと思う。それに…私は貴女の特別になるわけにはいかない』

「っ」

『でも、私は“私”として、新しく貴女と友達になりたい』


「それじゃあダメかな?」首を傾げて尋ねると、一瞬目を丸くしたあと再び抱きついてきた。


「ダメじゃないです!私も、今の名前さんと仲良くなりたいです!!特別じゃなくてもいいです…!だから…これからも、一緒にいていいですか?」


恐る恐る聞いてきた彼女に笑って頷いてみせると、桃井さつきは破顔した笑顔をみせてくれた。
これでまた新たな仲間ゲットだぜ!!
よし!なんて内心両手放しで喜んでから桃井さつきを撫でると桃井さつきの目から涙が溢された。え、泣いてる!?慌てて目線を合わせて「大丈夫?」と尋ねると「嬉し泣きですよ」桃井さつきは泣きながら笑った。


「名前さんの力になれることがあったらなんでも言って下さい。今度こそ力になりますから!」


人ってこんなに変われるものなのだろうか。「任せて下さい」なんて両手でグーを作る桃井さつきが可愛く見えて仕方ない。「ありがとう」と言って笑い合う私たちをこのとき見ていた人物がいたことに、私は気づくことができなかった。

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