気づくーnotice
「そういえばさ、あの子、結局どうなったわけ?」
『あの子?』
「ほら、例の夢に出てくる年下のイケメンくん」
友人の言葉に頭に浮かぶのは昨夜見た赤葦くんの姿。
「ああ、」と頷いてから、アルコールを飲むと渇いた喉が一気に潤った。
あれから、赤葦くんは無事にインターハイを終えたらしい。
結果は惜しくも優勝ではなかったけれど、今はまた春高に向けて練習をしているのだと、生き生きとした表情で言われた。
「変わらずに見るよ」と友人に返すと、彼女は興味があるのかないのか「ふーん」とテキトーにうなずいた。
『…けど、やっぱり私は、赤葦くんがただの夢の中だけの存在なんて思えないんだよね』
「何言ってんのよ。そんなことあるわけないでしょ」
呆れたように見てくる友人に少しだけ眉を下げると、小さく息をはいた彼女が「まさか、」と目を見開いた。
『な、なに…?』
「…あんた、その子のこと、好きだとか言わないわよね?」
『なっ…!そ、そんなわけないでしょ!相手は高校生だし!それに…』
それに、夢の中以外で会ったこともないのだから。
その言葉が何故か喉から出てきてくれなかった。
押し黙ってしまった私を見て、もう一度とため息をついた友人は箸先を此方に向けてきた。
「この際、その子の存在どうこうは置いとくとしても、この世界にはいないのよ?好きになったって遇うことは叶わないの」
『…分かってるよ』
分かってる。
分かってはいる。
それでも、
“名前さん”
赤葦くんのあの柔らかな笑顔が、優しい声がどうしても離れない。
まだどこか心配そうに見つめてくる友人にヘラりと笑ってみせると、今日三度目のため息をつかれてしまうのだった。
「どうも、名前さん」
『…うん、こんばんは』
気まずさから、ほんの少し視線を下げて挨拶を返すと赤葦くんが不思議そうに「どうかしましたか?」と尋ねてきた。
それに大丈夫だとアピールするように両手をヒラヒラさせて笑ってみせた。
『…ねぇ、赤葦くん』
「はい、なんですか?」
『…えーっと…ほら、前に彼女はいないって言ってたじゃない。でも…その、もしかして、好きな子とか、ある?』
なに、聞いてるんだろ。
まだ酔ってるのかな。
頭とは反対にニコニコした表情を崩さない顔で赤葦くんを見上げると、何故か彼が一瞬固まったように見えた。
「…好きな人、ですか」
『…あー、その…ごめん。別に言いたくないなら言わなくてもいいの。ただ、その…ちょっと興味があったたけだし』
もしここで、返ってくる返事がイエスだったら、もしかすると私は、彼に抱いてしまったこの想いを消すことができるかもしれない。
でも、やっぱり、怖い。
矛盾する気持ちのせいか、上手く表情を作れずにいると、そんな私など知らない赤葦くんの凛とした声が響いた。
「いますよ」
『え…』
「好きな人、いますよ」
真っ直ぐに、目をそらすことなくそう言った赤葦くん。
分かっていた。分かっていたつもりだったんだ。
泣きそうになる自分を誤魔化すように笑顔を張り付けて「どんな子?」尋ねると、赤葦くんの愛しそうに小さく微笑んだ。
「…優しい人です」
『そう、なんだ…』
「けど、本当はその人のことを好きになってはいけなかったんです」
『え?』
「どうやったって、その人と“直接”会うことはできないから」
ドクンと心臓が大きく音をたてた。
まさか、と思う反面で期待してないと言えば嘘になる。だって、そんな言い方するなんて。
早くなる鼓動を抑えるように胸の辺りを押さえると、赤葦くんの目が、愛しそうに、けど、切なそうに細められた目が私を捕らえる。
「…俺たち、どうしたら会えるんでしょうね」
その言葉が、赤葦くんの答えに聞こえたのは、やっぱり私の自惚れなのだろうか。
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