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黒尾が会いたい


“黒尾、お願いがあるんだけど”


そう名前が言ってきたのは高校3年のとき。
泣きすぎて赤く腫らした瞼のしたで揺れた瞳を今でも鮮明に覚えている。


“…会いたい、人がいるの”


何かを噛み締めるようにそう言った名前に、伸ばしそうになった腕をピタリととめた。それをしていいのは俺じゃない。
ゆっくりと腕を落として彼女を見ると、伏せられていた瞳に自分の姿が映された。


“っお願い…!あの人に、会わせて…!!”


右目から静かに零れた涙を拭うことさえできなかった俺は、たった1つ頷くことしかできなかった。











「黒尾、」

「…なんだ、夜久か…」


カラッと晴れた青空の下。憎くなるほど今日は天気がいい。コイツの墓を訪れるときはいつもそうだ。
見慣れた墓石に手を合わせていると、ふいに背中から声をかけられた。顔をあげると我らがリベロ様がいて、少しだけ笑ってしまった。


「…月命日になるとここに来るってホントだったんだな」

「なーんでんなこと知ってんだよ」

「研磨から聞いたんだよ」


普段は面倒だからと極力自分から動いたりしないくせに、なんでこんなときばかり行動力を発揮するんだ、アイツ。相変わらず家でゲームでもしてるのであろう幼馴染みの顔を思い浮かべていると、突っ立ったままだった夜久が隣で膝を折った。


「…久しぶり、名前」


そう懐かしそうに目を細めた夜久は彼女の眠る墓に手を合わせた。


名前が死んだのは俺たちが高校を卒業する少し前。時折バレー部の手伝いに顔を出してくれていたコイツとは気の知れた仲だった。1年の頃からの付き合いで試合にも何度も応援に来てくれて、差し入れを持ってきてくれることもあった。

俺は、名前に惚れていた。

それを知るのは俺と夜久、あとは研磨くらいだろうか。もちろん名前は知らない。言う気なんて更々なかった。
当時、名前には“恋人”がいたのだから。


「…早いな。もう何年だ」

「4年。もうすぐで5年たつ」

「…そうか、もうそんなになるんだな…」


手は合わせたまま、ジッと墓石を見つめる夜久は何を思っているのだろうか。俺と同じように、あの頃のことを思い出しているのだろうか。


“黒尾、黒尾!!私、彼氏ができた!!”


2年にあがってすぐ、名前は破顔した笑顔でそんなことを報告してきた。最初は何かの冗談かと思ったけれど嬉しそうに相手のヤツの話をする名前に、自分の想いに蓋をすることを決めた。それが一番いいと思ったから。
けれど、それから約半年が過ぎたとき、名前の恋人は死んでしまった。涙を流し続ける名前の姿に、つい言ってしまった。

自分が、“ツナグ(使者)”であることを。

もしかしたら信じてもらうことすらできないかもしれない。そんな心配を他所に、名前はなんの迷いもなく望んできた。会いたいと。
名前がまた笑えるのならともちろん俺は会わせてやった。すると何かを吹っ切ったように笑顔を取り戻したアイツにソッと胸を撫で下ろしていた。
そんな矢先。
今度は、名前が、その命を落としてしまった。


「…なあ黒尾…俺さ、ずっと聞きたかったことがあるんだ」

「おーなんだよ?」

「…名前が事故にあって病院に運ばれたとき、お前…死に目に間に合ったんだろ?」

「…」

「あくまで聞いた話だし、本当かは分からないけど…名前の最後の言葉、聞いたって本当かよ?」


誰だよ、そんな話コイツにしたの。
誰にも言ったことなんてないのに、噂とは時に真実として独り歩きするものなんだな。けれど、一つ訂正しよう。


「…本当は、手紙ももらったんだよ」

「え…手紙って…名前から?」

「おう」


夜久は目を丸くしたあとどこか聞きづらそうに尋ねてきた。「何て、書いてあったんだ?」と。


「さあな」

「は?」

「だから、知らねえんだよ。俺も。…貰った手紙に書いてあったのは“言いたいことがある”ってそんだけだったからな」


たった一言、便箋のど真ん中に書いてあった言葉を思い出して笑ってしまうと、夜久がポカンとした顔で俺を見てきた。


「え…それだけ、か?」

「それだけだよ」


なんだ、それ。気の抜けた声で夜久はそう呟いたけれど、書いてあったのは確かにそれだけだった。
でも本当は、“それだけ”なんかじゃないのだと思う。


「…会いに来い」

「え?」

「俺には、そう書いてある風に見えたよ。…“聞きたかったら会いに来い”ってな」


ツナグ(使者)にもルールがある。その一つとして教えられているのは…使者は、自分が会いたい死者には交渉すらもできないということ。けれど、別の誰かに力を譲渡してしまえば、その戒めはなくなるということ。

名前はそれを知っていた。知っていて残したのだ。“会いに来い”と。いつ会いに行けるのかなんて分からないのに、それでもアイツは待っていてくれるのだろう。
アイツにとって、俺はただの“友達”だ。けれど、それでも…少しでもそこに特別な何かがあってくれたんだとしたら、それでいい。それだけで俺は、アイツを愛したことに後悔なんてない。

目には見えないメッセージにソッと目を細めていると、夜久も頬を緩めて空を仰いだ。


「…それじゃあ、会いに行かないといけないな…」

「…おう、もしかしたらスゲエ待たせることになるかもしれないけどな」

「そんときは、俺がお前の後継してやるよ」


カラッとした、まるで今日の空のように笑う夜久。それに合わせてソッ笑んでみせると、やけに気持ちのいい風が俺たちの間に吹き抜くのだった。

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