夢小説 完結 | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

及川に会いに行く


「あーあ、やっぱり来ちゃったかあ…」


ヘラリと笑う及川に、鼻の奥がツンとした。

及川とは高校時代からの付き合いだった。
人気者の及川の彼女。
大変じゃなかったといえば嘘になる。
それでも岩泉や花巻、松川の支えもあり約6年に渡る関係を続けることができた。
「岩ちゃんたちは心配性だよね」なんて及川が笑っていたのは記憶に新しい。


『…岩泉たちが教えてくれたの』

「うん」

『ここにくれば、また…あんたに会えるって』

「うん」

『嘘つき…っ、世界で、一番、幸せにするって言ったくせに……!!』

「…うん、ごめんね…」


及川徹は死んでしまった。
交通事故だった。
飲酒運転をしていたトラックの運転手が、及川徹の車に突っ込んできてそのまま。
及川徹は死んでしまった。


“名前のこと、世界で一番幸せにできるのは、俺だよ”


高校を卒業するとき言われた台詞。
そんなクサいことよく言えるなあ、なんて思った半面嬉しくて仕方なかった。
それなのに。


『グズ川っトラックぐらい避けなさいよ!』

「いたっ!ちょっ!痛いよ名前!」


話せる。触れる。
けど、これも今夜だけ。
夜が明ければまた、及川はいなくなる。

八つ当たりのように及川を叩いていた手を止めてその手で及川の服を掴むと、大きな手にその手を覆われる。


「…ごめんね、名前」

『っ岩泉も、花巻も、松川も金田一も国見も、皆泣いてたっ、あんたが死んで泣いてたっ』

「あはは、何それ。嬉しいんだけど」


ヘラヘラと笑っているけれど、眉が少し下がっている。
「笑い事じゃないっ!」及川の腕を叩くと、及川の目が悲しそうに細まった。


「…岩ちゃんたちは泣かせちゃうし、名前との約束を破っちゃうし…最低だね、俺は」

『っ、ちがっ…!悪いの、及川じゃ!』

「ありがとう。けど…名前がこんなに目が赤いのも俺が死んじゃったせいだよね?」

『っ…そ、れは…』

「好きな女の子を泣かせるなんてホントダメだね。…だから、名前。こんな最低な俺のことなんて、忘れていいよ」

『なっ…』


何、言ってるの。
そう言おうとしたのに、及川があまりにも悲しそうに笑うものだから言葉が喉から出てこなかった。
そんな顔するくらいなら言わなきゃいいのに。
大学時代、友達の付き合いで合コンに行ったとき、すぐに帰ると言ったのに、「待ちきれなかった」なんて笑って迎えに来るくらいヤキモチ焼きのくせに。
なのに、どうして。


「俺にはもう、名前を幸せにすること、できないから…だから、ものすっっっごく不本意だけど…その役目、他のヤツに譲るよ」

『っ…そんな言い方っズルいわよ…』

「ズルく言わなきゃ、聞き分けてくれないでしょ?」


「もう何年付き合ってると思ってるの」笑った及川。
そうだよ。もう6年も一緒にいたんだよ。
なのに、それなのに、これから別の人を探せなんてそんなことできるわけないない。
文句の変わりに出てきた涙と嗚咽。
及川の服を握る手に力を込めると、長い腕が背中に回された。


「ごめん、ごめんね、名前」

『っ、謝らなくていい、謝らなくていいからっ…だから…だから…』


戻ってきて。
嗚咽に飲み込まれた台詞を及川はどう受け取っただろうか。
「ホント、俺のこと大好きなんだから」なんてまるで冗談のように言う声がほんの少し鼻声に聞こえる。


「…名前、幸せになってよ。俺の分まで。じゃなきゃ俺、成仏せずに名前の守護霊になっちゃうからね」

『イヤだって、言ったらどうする?守護霊でもいいから、側に居てって言ったら?』

「…名前はそんなこと言わないよ。お前は、優しいから…俺のためにそんなこと言わない」


ズルい。本当にズルい。
そうやって言いくるめて、自分の思った通りに動かそうとする。
そう分かっているのに、言いくるめられてしまう私は馬鹿なのだろうか。
鼻声で目元の赤いコイツの下手くそな演技に付き合ってやろうなんて。


『…絶対後悔させてやるんだから…』

「え?」

『あんたが後悔するほど綺麗になって、幸せになってやるって言ってんの!!』


可愛いなんてお世辞でも言えない、ぐちゃぐちゃのなき顔で叫ぶと、一瞬目を丸くした及川はすぐに柔らかく微笑んだ。


「…うん、後悔、させてみてよ」


及川は性格が悪いと言われていた。
私もそう思う。及川は意地が悪いから。
だけど本当に性格が悪い人にはそんなこと言えない。
皆知っているから言える。
及川が、本当は優しいことを。

みっともなく流していた涙を拭っていると、「最後に1つだけ我が儘言ってもいい?」と及川の手が頬を包んできた。
「なに?」と及川と目をあわせると、綺麗な顔がクシャッと泣きそうに歪んだ。


「…夜が、明けるまでは…、…名前の、彼氏でいさせてよ」

『…馬鹿だなあ…。そんなの我が儘に入らないよ。私だってそうして欲しいんだから』

「っ名前…!!」


及川の腕が強いくらいに抱き締めてくれる。
それに負けないようにと及川を抱き締め返して顔をあげると、どちらからともなく唇を合わせた。
優しくて甘くて、だけど切ないそのキスは、私たちが今までしてきてどんなそれよりも熱っぽい。
首筋に残される痕と、身体中を愛撫する大きな手も、きっともう感じることはないのだ。

及川、及川と私が名前を呼ぶたびに、及川は私の名前を呼んで応えてくれる。
そういえば、私、及川のことずっと名前で呼んでいなかったな。
キスの合間に小さく「徹」と呼んでみると、及川はまた泣きそうな顔をしてから、何かを隠すようにキスをしてきた。

徹、徹、徹。
あなたがすき。大好き。
だから、行かないで。

夢の中か、それとも本物の及川に向かって言ったのかは分からなかったけれど、最後に見た及川の顔はムカツクほど綺麗な笑顔だった。


“俺も、お前を愛してるよ。さよなら、名前”


翌日目を覚ますと隣にいるはずの及川はいなくなっていた。
最後に聞こえた及川の声は、一生忘れられそうにないほど、優しくて暖かい声だった。

prev next