29 警察している新撰組
昨日、あの不思議で無節操な着物男と別れて家に帰ると、母がニュース番組をつけていた。
何気なく目をとめたその内容は、どこかのヤクザが何か問題を起こしているらしい。
「そんなことあるんだね」「そうね」なんていう会話のあと、ふと頭に浮かんだ着物男の顔。
…まさかね。
そう、“まさか”のはずだった。
「あ、そこの女子高生」
『え?…私、ですか?』
「そうそう、きみ」
「ちょっといいか?」と首を傾げて近づいて来たのは、スーツ姿の背の高い赤毛の男性。
なんだろう。
足をとめて、その人ともう一人、緑のバンダナをつけた男の人を見ていると、赤毛の男性の方が一枚の写真をみせてきた。
「コイツを見なかったか?」
「昨日この辺りで目撃情報がいくつかあったんだが…」
『……あ、』
見せられた写真に写っていたのは、なんと昨日の着物男だった。
ポカーンとしたまま固まっていると、「佐之、新八」背後から低い声が聞こえた。
それにハッとして、目の前のスーツの二人のように後ろをみると、彼らと同じような格好をした人がまた二人現れた。
「土方さん」
「あれ?佐之さんたち、仕事中に女子高生をナンパですか?」
「アホか、聴き込みだよ、聴き込み」
この人達は刑事さん、なのだろうか。
四人のやり取りを聞きながら、そんなことを考えていると、ふと先ほど来たうちの茶髪の人と目があった。
「どうも」
『え…あ、はい。こんにちは』
「学校帰り?」
『は、はい』
「じゃあ、昨日もここを?」
『…はい』
「ふーん…それで?ソイツに見覚え、ないかな?」
ニッコリと読めない笑みを浮かべる茶髪さん。
「あの、皆さんは…?」と尋ねると、「警察だよ」と思っていた通りの答えと警察手帳を見せられた。
やっぱりそうなのか。
なるほど、というように頷いてらか「見ました」と答えると、全員の目が僅かに見開かれた。
「本当か!?」
『は、はい。昨日の今くらいにこの人、ここを通りましたよ』
「話したりはしたのか?」
『…少し、ですが』
「どんな?」そう首を傾げてきた茶髪さんに昨日の記憶を呼び覚ます。
そういえば、彼は誰かに追われていたな。
それに巻き込まれて、路地裏へと逃げ込んだのだ。
それを素直に伝えると、土方さんと呼ばれた人が眉を寄せた。
「…やはりな」
「春雨組の内部抗争の話は本当でしたね」
「…つーか、巻き込まれたって…高杉に何もされなかったのか?」
真剣な顔の土方さんと茶髪さんの隣で心配そうに見てくるバンダナさん。
それに「大丈夫です」と返そうとしたとき、
“まだだ”
思い出すのは耳元で響いた声と、唇の感覚。
…最悪だ、何思い出しているんだろ。
思わず眉間に皺を寄せていると、「おい、大丈夫か?」更に心配をかけてしまった。
『え、あ…すみません。大丈夫です』
「…やっぱり高杉の野郎に何かされたんじゃ…」
『い、いえ、気にしないで下さい』
まだ納得できなそうな顔をする赤毛さんとバンダナさんに苦笑いを溢してから、「それじゃあ、私はこれで」と頭を下げてその場を去ろうとすると、「待て」と土方さんに呼び止められる。
『はい?なんですか?』
「…いや、なんでもない。それじゃあな」
『?はい…それじゃあ…』
再び頭を下げて歩き出すと、今度は呼び止められることはなかった。
沖田side
「土方さん、あの子知り合いなのか?」
あの女子高生がいなくなったあと、新八さんが不思議そうに土方さんに首を傾げた。
ああ、やっぱり。
新八さんが覚えているわけないか。
「やだなぁ新八さん、本気で言ってる?」
「は?」
「あの子、前にうちの署に来たじゃない」
「!!そうか…どっかで見たことあると思ったら…あの事件の…」
思い出した佐之さんは目を見開くと、少し悲しそうに目を伏せた。
「あの事件?」とまだ分からない新八さんに、佐之さんが言いにくそうに口を開いた。
「あれだよ。進学校であった、女子高生が男子生徒を殺そうとしたっていう」
「は!?じゃあさっきの子は…」
「その本人だよね」
「マジか」と呟いた新八さん。
普通はもっと早く気づくものだけどね。
鈍い先輩に小さく笑みを溢していると、「仕事に戻るぞ」と土方さんの低い声が聞こえた。
それにテキトーに返して、上司のあとを追いかけたとき、なんとなく、彼女がうちの署に来たときのことを思い出した。
“私じゃ…っ、ありませんっ…!”
まるで別人だったな。
けど、今の方が百倍いいかもね。
小さく漏れた笑みに、何故か少しだけ肩の荷が降りた気がした。
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