Your favorite person
黄瀬side
始めて会ったあの日、名前っちはモデルとしての俺じゃなくてただの黄瀬涼太として俺を見てくれた。
それが、とても嬉しくて、気づいたら名前っちが大好きになっていた。
それなのに、どうして。
よりによってアイツなんだ。
「…クソっ」
名前っちが入っていった扉を見つめて小さく呟くと、それを聞いていたのか、続けるように火神っちが
不機嫌そうに声をあげた。
「いいのかよ!アイツ一人でいかせて!」
「…彼女が花宮さんに会いたいと言っていたんだ」
「けどよっ!」
火神っちの言葉に赤司っちはなんてことないように返している。
でも、その表情が硬いのが分かる。
俺や火神っちが気づいているのに、赤司っちが気づかないわけがない。
花宮真が、名前っちの、“特別”になっていることに。
「…火神じゃないが、苗字さんが花宮に騙されてあんな風に心配してる可能性だってなくはないんじゃないか?」
「…そうね」
険しい顔をしてそう言うのは、誠凛の伊月さんと監督さんだった。
他の誠凛の人たちも同じように納得できなそうにしている。
ああ、そういえば木吉さんの膝は花宮真のせいだったけ。
ほら、やっぱり。
あの人は、ダメだ。名前っちは騙されてる。
ギュッと眉を寄せて拳を握っていると、「そうかな?」この場に似合わない呑気な声が響いた。
「は?」
「いやー、花宮が苗字さんを騙してるってことはないんじゃないか?」
ヘラヘラ笑いながらそんなことを言うのは、なんと木吉さんだった。
この人、自分のされたこと分かってないんじゃないか。
怪訝そうに木吉さんを見ていると、誠凛の人たちも呆れたように息をはいた。
「鉄平、あんたお人好しにも程があるわよ」
「?俺は思ったことを言っただけだぞ?」
「だったら尚更だ、ダアホ!“あの”悪童だぞ」
信用できるわけない。
というように日向さんは言ったけれど、それでも木吉さんは笑顔を崩さない。
「“あの”花宮だからだよ」
「はあ?」
「苗字さんを騙して、彼女をタブらかしたとしても、花宮にメリットなんてないだろ?」
木吉さんの言葉に目を丸くしたのは俺だけではないだろう。
「っ、それは…」と言葉に詰まらせた日向さんは罰が悪そうに視線を下げた。
そりゃあ、確かに花宮真が名前っちを騙す理由はないかもしれない。
それでも、だからといって納得できるわけがない。
「…そりゃ、名前っちを騙して花宮さんにメリットはないかもしれないっスけど…後で名前っちが泣かされる可能性がなくはないじゃないっスか!」
「黄瀬、」
「っ、クソっ…!」
自分でも、餓鬼だと思う。
だけど、花宮真にだけは渡せない、渡したくない。
シンッとするなか。
意外にも声を出したのは、今まで黙っていた花宮さんのチームメイトだった。
「花宮は…」
「古橋?」
「花宮は、興味のないことには一切興味を持たない。誰かが死のうとしていたとしても、自分にメリットがなければ放っておくだろう」
いきなり話だしたと思ったら一体なんなんだ?
「チームメイトを庇うんスか?」と無表情の古橋さんを睨むと、「そうではないが」とても機械的な声で反される。
「お前たちの言うとおり、花宮は悪魔のようなやつだ。そこは否定する気はない」
「人の不幸は蜜の味って言うようなヤツだしねん」
「だが…苗字という奴が死のうとしたとき、アイツは俺たちにまで手伝わせてあの子を探させた。さっきの白雪姫の話の中でも、身を呈してあの子を守った。それはつまり…花宮にとって、苗字名前が“特別”だからではないのか」
淡々と言ってのける古橋さん。
まさか、コイツらがそんなことを言うなんて。
霧崎第一の連中にも仲間意識はあるのか。
「残念やけど、古橋の言うとおりやなあ。ワシもあんな風になる花宮みたんは初めてやったし」
青峰っちの所の主将さんまでそんなことを言うなんて。
悔しいやらなんやらで顔を歪めると「とにかく」と赤司っちが声をあげた。
「今はここから出ることが先だ。…いいな、黄瀬」
「…っス」
仕方なく頷くとそれを見た赤司っちは、さっそくここからの脱出について話し始めた。
赤司っちの言葉を聞きながら、名前っちのいる部屋へ視線を向けると、なんだか無性に泣きたくなるのだった。
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