日記○△ページ目「ラクサスのともだち」
目の前に面白い事が転がっていたら飛びつくに決まっている。
日曜日で、学校もなければ予定の一つもなかったグレイ。暇をつぶすために、一軒の家の前へと来ていた。表札にはドレアーと書かれている。クラスメイトで悪友であるラクサスの家だ。
この家には一月ほど前に家族が一人増えている。それは前に高等部に訪れた桜色の髪の少年。知っている情報は、一度見た姿と名前だけだ。
「こんなチャンス滅多にねぇからな」
ラクサスをからかう事の出来る材料など滅多にない。それほどにラクサスが他人に興味を示す事がない。幼馴染のミラジェーンでさえ、ラクサスの弱点にはなり得ないのだから。
グレイの指が呼び鈴を鳴らした。しかし、待っても誰かが出てくる気配はない。もしかして出かけているのだろうか。再び呼び鈴を鳴らそうと呼び鈴に触れた時だ。
「だれだ、お前」
門の内側から聞こえる幼い声に、グレイは視線を向けた。
最初に見えたのは桜色の頭。すぐに、今日の目的でもある少年だと分かった。
「お。ちびっ子」
「ちびじゃねぇ!」
目を吊り上げるナツに、グレイは小さく噴出すと手を伸ばしてナツの頭を撫でた。
「悪い悪い。ラクサスは家に居ないのか?」
ラクサスの名前が出るとナツの表情が和らぐ。
「お前ラクサスの友だちなのか」
「とも……クラスメイトだ」
友達という単語に顔を引きつらせた。悪友と呼ばれるのは良くても、友達と言うとまるで仲が良いみたいだ。とても遠慮したい。
しかし否定するグレイの言葉など聞いていないようで、ナツは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ラクサスの友だちが家に来たの初めてだ!」
ナツは閉まっていた門を開くとグレイの手を引いて中へと引き入れた。
「ちょうどよかった。今、ラクサスもじっちゃんもいねぇんだ」
グレイは状況についていけていなかった。ナツが警戒心もなく人を家の敷地内に入れる事もそうだが、格好だ。上半身裸でビーチサンダル。下は、丈が長めの水着だった。
家の中に連れて行かれると思ったグレイだったが、ナツは家の中へは入らずに庭へと回った。
芝の敷かれている庭。そこには萎れているビニールが転がっていた。ナツはそれを指さす。
「これ、やってくれ」
グレイはナツが指し示すそれを手にとって、やっと合点がいった。これは空気の入っていないビニールプールだ。
「膨らませってか……仕方ねぇな」
水着まで来て準備万端の子どもを前に拒否するのは可哀そうだろう。しかし、人口で膨らませるのは辛い。しかし、すぐに人力ポンプを見つける事が出来た。
ポンプを使っても、暑い日差しが降り注ぐ時間帯は体力の消耗が大きい。
グレイは汗をにじませながらビニールプールに水を張らせた。
「すげー!」
待ちかねていたナツがプールの中に飛び込む。子どもならば足を延ばす事が出来るが、青年に足を踏み入れたグレイでは狭すぎる。
グレイは着ていたシャツを脱ぐと、プールの中にいるナツにホースシャワーで水をかけてやる。
「くらえ、ちびっ子」
「つめて、やめ……ぶは!」
ナツは顔面にシャワーを浴びてしまた。口の中に入ったのか咳きこむナツに、グレイはホースを投げてナツの顔を覗く。
「悪い、やりすぎたな。大丈夫か?」
しかし、心配していたグレイは顔を引きつらせた。にやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべたナツが、プールに張ってある水を手ですくい上げてグレイに浴びせたのだ。
上半身は裸になっていたから問題ないがズボンまでも濡れてしまった。
「このガキ!!」
再度ホースを手に取りシャワーをナツに浴びせる。
ナツは楽しそうにはしゃいで、振りかかる水を一身に浴びていた。グレイもいつの間にか年齢にそぐわないほどにはしゃいでいた。クラスメイトが見たら引いたかもしれない。小学生と同等に楽しんでいるのだから。
大分落ち着いたグレイが、縁側に腰掛けてプールに足を突っ込む。それを見上げたナツが、思い出したように声をあげた。
「お前、名前なんていうんだ?」
今さらなのだが、グレイはナツの名前を知っているが、グレイは名乗っていなかった。グレイは身を乗りだすようにナツに顔を近づけた。
「俺はグレイだ」
「グレイか!オレはナツだ。よろしくな」
「ああ……つか、さんぐらい付けろよ」
小学生に呼び捨てにされた事が不服なのかナツの額をつつく。ナツはつつかれた額を手で押さえて、べっと舌を出した。
「グレイだろ。グレイグレイグレーイ!」
言い返してくると思ったグレイが反応をしめさない。ナツがきょとんと首をかしげた。
「どうしたんだ?」
ナツが、グレイの膝に手をかけて顔を覗き込む。
グレイは間近に迫ったナツの顔に顔を赤くした。見上げてくる猫目。濡れて肌に張り付く髪。さらされている健康的な肌は、未発達で柔らかそうだ。グレイは思わず生唾を飲んだ。
「グレイ?」
心配そうな声に、グレイはナツの手を振り払った。反動でナツの身体はプールに倒れ込む。
「ぶはっ……なにすんだ!」
怒りをあらわにするナツに、グレイは目を合わせられなかった。
「わ、悪い、トイレ借りる!」
足も拭かないまま家の中に入ったグレイはトイレへと駆け込んだ。濡れた床や、怒っているだろうナツの事を気にしている暇などなかった。
「マジかよ」
グレイは扉に寄りかかるように、しゃがみ込んだ。情けない声が狭い密室に響く。濡れて張り付くズボン、下がる体温とは逆に、自分の分身が熱を持っていた。まだランドセルを背負っているような幼い少年に、欲情したのだ。正直、絶望である。
「冗談じゃねぇ。俺は女が好きなんだ……あんなガキに」
思い出せば、思考を否定するように分身が主張を始める。一向に収まる気配がないそれに、グレイは強制的に沈める事にしたのだった。
「あ!やっと戻ってきた」
プールに一人で遊んでいたナツが、戻ってきたグレイに顔を上げた。
先ほどまでグレイが座っていた縁側には、いつの間にか帰宅していたラクサスが座っている。
グレイの姿に、ラクサスは顔をゆがめる。
「人の家で何してんだ、てめぇは」
いつもならば突っかかってくるグレイだったが、それはなく表情は暗かった。湿気っているようで気持ちが悪い。
ラクサスが若干身を引いていると、グレイはちらりとナツに視線を向けた。
「グレイ!遊ぼうぜ!」
「う、」
手を振るナツに、グレイは身体を前屈みにした。
「む、無邪気な笑顔を向けないでくれ!!」
グレイは振りきる様に走っていってしまった。上半身裸で裸足なのだが、グレイはそれを気にする余裕もなかったようだ。
「……何なんだ、あいつは」
不審者を見るような目で、去っていくグレイを見送ったラクサス。その言葉にナツは首をかしげたのだった。
20100827