3combo
「みんな、飲み物はいき渡った?」
ミラジェーンが酒がなみなみ注がれたコップを片手にギルド内へと声をかける。
いつも以上に活気のいい声がギルド内に響き、その声にミラジェーンはコップを高々と上げ、それじゃ、と続けた。
「今年もよろしくね」
「「「「乾杯ッ!!!」」」」
そこら中でコップがぶつかる音が重なった。
一気に飲み干すものや、少し口を付けただけで会話を始めるものたち。にぎやかな笑い声が漏れる。
今日は妖精の尻尾での新年会が開かれているのだ。一部を除き、ほとんどの者が仕事を入れないで参加している、毎年の行事だった。
「すごい、いつもより人がいっぱい」
参加していないのはミストガンやギルダーツのみ。そうなると半端ない人数になる。
ルーシィが隣に立つミラジェーンへと顔を向けると、ミラジェーンは何かを探すようにギルド内に視線をさまよわせていた。
「誰か探してるんですか?」
「ええ。誰が当たったのかなって思って」
当る?
ルーシィが首をかしげると、ミラジェーンはルーシィへと顔を向けて、にこりと笑った。
「実はね、飲み物の中に魔法薬入れて見たの」
「は?」
「週ソラの人に試供品を貰ったのよ。即効性だって言ってたんだけど」
効かなかったのかしら。
残念そうに苦笑するミラジェーンにルーシィは体を小さく震わせた。
「仲間に薬盛らないでください!一体何の薬なんですか!」
両肩を掴まれてガクガクと揺さぶられ、ミラジェーンの手にあるコップの中身が零れてしまった。
「えーと名前は確か……“本音〜る君”と“気分で性別転換”と“あの日は良かったちゃん”だったかしら」
「ネーミングセンスゼロ!ていうか、その効果って」
名前の通り、“本音しか出ない”“性別が変わってしまう”“若返る”である。ミラジェーンの説明を聞いたルーシィはがくりと肩を落とした。
「大丈夫。試供品だから効果はすぐに切れるわ」
それ以前に薬が効いていないようだが。それにはルーシィも安堵したのだが、すぐに裏切られることになる。
「何だこりゃー!!」
二階から絶叫と慌ただしい足音。本日は新年会でほとんどの者が一階に集っているのだが。
誰だと周囲が騒ぎ始める中、足音は一階につながる階段の前で止まった。姿を現せたのは、桜色の髪。
「ナツ、何騒いでる……のー?!」
ルーシィは両頬に手をあてて絶叫した。
姿を現せたのはナツのはずが、いつも乱れている髪はさらりと落ち着き風になびく。猫のような吊り目は長い睫毛で縁取られ、整った唇はピンク色。そして、いつものように前をはだけている上着からさらけ出されている、胸。
「ルーシィみたいのがある!」
「いいから隠しなさい!!」
ナツが両手で自らの胸を鷲づかみにする。おかげで他の目に晒されるのは谷間だけなのでギリギリセーフだ。
ほれ、と言わんばかりに持ち上げるその動作に、ルーシィはその場にへたり込んだ。ナツが“気分で性別転換”を引き当てたのだ。
「ナツ、前閉じなさいよ!見えてるから!」
「いいよ、別に。俺気にしねぇし」
さらりと言いのけるナツにルーシィは自分のことではないのに顔を赤らめた。
ナツ自身が気にしなくても周りが気にする。ギルド内は男の割合が高いのだ。その証拠に食い入るように見ている者が何人もいるではないか。
ルーシィの言葉ではきかないナツに声をかけたのはエルザだった。
「ナツ、前を閉じろ」
「あいさ!」
エルザの凄みを利かせた声に、素直に聞き入れて即前を閉じるナツ。ギルド内には落胆の声が漏れ、エルザに睨まれていた。
ずれ落ちるパンツを押さえながらナツが隣へと首をひねる。
「なぁ、何かお前縮んでねぇか?」
ナツのいつもより高い声が響く。
普通の音量の声でも、ナツの睨みで静まり返ったギルド内ではよく通る。そしてナツの視線の先、もう一人姿を現せた。
金髪に右目に傷がある、少し大きめの服を持て余すように袖を手繰り寄せている、ナツと同い年ぐらいの少年。
「ああああれ、もしかして」
「ラクサスね」
声をどもらせるルーシィにミラジェーンが答えた。
今のラクサスの姿はミラジェーンがギルドにはいった頃ぐらいだろうから六歳ほどしか若返っていない。今のナツたちとほとんど変わらない年齢だ。
「試供品だから効果は薄いのね」
「ていうか、よりにもよって」
“あの日は良かったちゃん”も効果が出てしまった。事態は悪化していく。
ルーシィが頭を抱えている中、ラクサスが少し顔をしかめた。
「どこだここは?」
「妖精の尻尾だろ。今は新年会の最中じゃねぇか」
何言ってんだと首を捻るナツに、ラクサスはナツをまじまじと見た。
「誰だてめぇ」
「何の冗談だよ。つーか、やっぱりお前縮んでんな」
ラクサスは頭に手をあてて小さく唸る。薬の影響で、どうやら外見だけではなく記憶まで後退しているようだ。
いつもよりも間近にある顔を覗き込むナツに、ラクサスはとっさに顔をそらした。
「ん?何だよ」
「顔近づけんじゃねぇ」
ラクサスの態度にナツはむっと口元をゆがめた。
少し間を置いて、ラクサスが弾かれたようにナツへと視線を戻す。ナツの首に巻いてあるマフラーを凝視して次に顔へと視線を上げる。
「……ナツか?」
「他に誰がいんだよ。つかさっきから何なんだ」
「お前、女だったのか?」
ナツの女性らしい体と記憶よりも成長した姿。ラクサスの頭をさらに混乱させていた。
この状況は説明が必要だろう。
「ナツ、ラクサス。説明するから降りてきてくれる?」
ミラジェーンの声にナツとラクサスは一度顔を見合わせて、階段を下りはじめた。
ナツが最後の段を降りた瞬間だ。横から突っ込んできたグレイに押し倒されてしまった。
「いてー!何すんだこの野郎!」
頭を強打して涙目になったナツが自分を組み敷くグレイを見上げると、ぽたりと生暖かいものが顔に落ちてきた。
「ん?……げ!退け、バカ!」
グレイの鼻から流れ出た血だった。
ナツが絶叫しながらグレイを押しのけようとするが、女性化した体では通常よりも力が落ちるようで、びくともしない。目の前には荒い息を繰り返すグレイの姿。
「やべ、可愛い過ぎる。ここで犯っていいか?」
「死ねーッ!!」
鳥肌を立たせながら逃れようともがくナツ。そんな姿にグレイはさらに興奮しているようだ。
このままではナツの身が危ないとエルザが動こうとする前に、グレイはナツの上からどいた。正しくはラクサスの足蹴りによって強制的に退かされたのだ。
「てめェ!邪魔すんじゃねぇよ!」
すぐに起き上がるグレイに、ラクサスは心底嫌そうに顔をしかめた。
「気持ち悪ぃ」
全くだ。
周囲の心は一つになった。グレイとラクサスが言い合いをしているのを見て、ミラジェーンが一度頷いた。
「“本音〜る君”はグレイが当てたみたいね」
「あれ本音なの!?」
本音どころか心身ともに素直になりすぎだし、グレイの本心があれだとするなら今後の彼を見る目が変わってしまう。
ルーシィは、ギルドの視線を集める三人へと視線を向ける。いつもより激しく罵倒するグレイと、顔をしかめながら適当にあしらおうとするラクサス。そのラクサスの背後に隠れるナツ。まるで三角関係のようだ。
「修羅場ね」
「笑ってる場合ですか!ナツ、グレイ、ラクサス、いいからこっちに来て!」
ルーシィの声が聞こえていないように三人は言い争いを続ける。暫く待っていたルーシィは口元を引きつらせた。
「……いいから来いってのよ」
目元に影が落ち、ルーシィの瞳は冷たくなる。地を這うような声に、ナツとグレイが背筋を伸ばした。
ラクサスには効果はないようだったが、ナツに引っ張られて無理やりルーシィたちの元へと連行された。
「なぁ、何か俺たち変じゃねぇか?」
ナツの言葉は今さらな気がするが、事実。ルーシィはこの状況を作った経緯を説明した。といってもミラジェーンが悪ふざけで盛った薬が原因としか言いようがなかった。
「じゃぁ、俺は今女になってるわけか。で、ラクサスが若くなったんだな」
「実感ねぇ」
説明を聞いたあとでも、記憶自体後退しているラクサスには信じがたい事だったようだ。それも仕方がない事だろう。ラクサスにとっては、気がついたら周囲の人間だけが年をとっている上にギルドも改築されていたのだ。
「おもしれねぇな、ラクサスの顔が近くにあんぞ!」
楽しそうにはしゃぐナツに、ラクサスは照れているのか顔をそらした。中々にいい雰囲気だったのだが、それを面白く感じていないグレイが割ってはいる。
「ナツ、俺以外の男にひっつてんじゃねぇよ」
「どわ!て、てめ、どこ触ってんだ!変態!」
グレイがナツの背後から腕を回して抱きしめながらも、豊満な胸を鷲づかみした。顔を引きつらせるナツに息を荒げるグレイ。これではただの痴漢である。
すかさずルーシィがグレイの後頭部を殴りつけた。
「はい、アウト!ナツ、あんたもその格好どうにかしなさい」
ナツの服装には問題がある。女の体になり男の時よりも体格が華奢になっているため、服の寸法があっていないのだ。パンツはすぐにずれ落ちて尻が見えそうになっているし、ルーシィ並みに胸が出ているせいで上着の前を閉じても今にも弾け飛びそうだ。
「んな事言ってもな」
口を尖らせるナツにルーシィは盛大に溜め息をつくと、腰に装着している鍵を取り出して前に出した。
「開け!巨蟹宮の扉、キャンサー!」
鍵で開いた空間を通して現れたのは背から蟹のような足を生やした青年。両手に持つハサミを動かしながらルーシィに振り返る。
「今日はどんな髪型にするエビ?」
「私じゃなくてナツをお願い。合いそうな服を持ってきてくれる?」
ルーシィがナツを前へと差し出すと、キャンサーの持つハサミが鋭い音を立てて閉じた。
「腕がなるエビ!!」
そう一言言い残してキャンサーは服の準備をしに精霊界へと戻っていった。
困惑するナツにルーシィは空笑いを漏らした。おそらくキャンサーはナツに創作意欲を刺激されたのだろう。一度も言われたことがないルーシィの内心は微妙だ。
暫くして戻ってきたキャンサーとナツを医務室へと押し込んだ数十分。時たまナツが暴れたのだろう騒音が聞こえたが、誰一人として医務室に向かう事はなかった。エルザが扉の前に立ちはだかっていたからだ。これ以上に強力な見張りはいない。
「もう我慢できねぇ!カニどうにかしてくれ、ルーシィ!!」
医務室から飛び出してきたナツ。前に立っていたエルザが扉に押されて体をよろけさせた。
注意しようとしたルーシィはナツの姿に言葉を詰まらせた。いつ戻ってもいいようにか、前にルーシィに用意したものとは種類が違い、男女とも取れる中性的な服。マフラーだけは手放さなかったようだ。
切羽詰った表情でルーシィに駆け寄るナツ。その後ろからは、まだ弄り足りないのかキャンサーが追いかけてきている。
とりあえずナツの服装がどうにかなっているのなら問題ない。ルーシィは鍵を前に出した。
「はーい。強制閉門ー」
名残り惜しそうにキャンサーは精霊界に戻っていった。
肩で息をしながらナツはその場に座り込んだ。桜色の髪の毛も弄られたのだろう緩くウェーブがかけられている。
「俺、あいつ苦手だ……」
「かわいいわよ。ナツ」
ミラジェーンがしゃがみ込んでナツの顔を覗き込む。化粧だけは免れたらしいがグロスだけは施されていた。
「チクショー、べたべたして気持ち悪ぃ」
服の裾で唇を拭おうとするナツの手を、横から伸びてきたグレイの手が止める。
「俺が舐めてやるよ」
腰をかがめて、ナツの唇に自分の唇を近づけるグレイ。
ナツはとっさの事に反応が遅れて、逃げそびれた。そして唇が触れる瞬間。
「触んじゃねぇ。変態」
ラクサスの足がグレイの後頭部に振り下ろされたおかげで、ぎりぎりで間に合った。傍から見たら重なっているように見えたかもしれない。
地に伏せたグレイ、今度は中々起き上がってこない。どうやら撃たれ所が悪かったようだ。
「隙みせてっから、襲われんだよ」
溜め息交じりに呟いたラクサスにじわりと涙を浮かべると、ナツはラクサスの足にしがみ付いた。
「ま、マジで、危なかった……」
グレイとキスなんてナツにとってはトラウマにしかならない。考えただけで鳥肌が立ってしまう。
想像してナツはしがみ付く力を強めた。締め付けるに近いほどに力を込められて、ラクサスは身動きが取れない。
「動けねぇだろ。離せよ」
「グレイが襲ってきたらどうすんだ!バカ!」
すでにトラウマになっているようだ。
ナツの気持ちが分からなくもないが、ラクサスも今の状態は問題だった。動けないだけではない、必死にしがみ付くナツの体が足に密着しているのだ。豊満な胸までも押し付けられて、ラクサスも内心焦っていた。
「意外と初心なのね」
「今のラクサスの年齢はグレイと変わらないもの」
基準となっているのがグレイでは比較にもならないが。
ミラジェーンとルーシィが、ラクサスの意外な一面を見て小さく笑みをこぼした。
それにしてもグレイの行動には問題がある。縛り上げておいた方がいいだろうかとルーシィが思案していると、ナツに異変が起きた。
「うお、何だこれ」
ナツの体から蒸気が発していた。魔法を使ったわけでもないようだ。量の増した蒸気がナツを包み、姿を隠してしまった。
ナツは蒸気から逃れようと必死に扇いだりしてみるが、効果はない。
「ナツ、大丈夫?」
「平気だけど、何も見えねぇ」
慌てるルーシィに、ミラジェーンだけは察したように落ち着いている。
「薬の効果が切れるんじゃないかしら」
次第に蒸気が消えていくと、ナツが姿を露わになった。少しぐったりとした様子だが、元の少年らしい体つきに戻っている。
安堵するナツの近くで、気絶しているグレイからもナツ同様に蒸気を発していた。これでグレイも正気に戻るだろうが、彼の薬の効果は本音が隠せないと言うだけなので、本心である事に変わりない。
「これならラクサスが元に戻るのも時間の問題ね」
これといった大きな問題にならなくてよかった。
ミラジェーンの魔法焼く混入事件も一段落ついて新年会は続けられたのだが、新年会がお開きになる時になってもラクサスは元の姿には戻らなかった。
ミラジェーンは、薬の入っていた空の瓶を確認した。ラベルが貼ってあり、そこには注意書きもしてある。
「……あの薬、飲み物に混ぜちゃダメだったみたい」
「は!?」
注意書きには、隅の方に小さく「混ぜるな危険」と書かれていた。
つまり、飲み物と混ぜてしまったせいで、薬に何らかの変化が起きてしまったのだろう。その結果、ラクサスの姿が戻らない。注意書きははっきりと書いて欲しいものだ。
「じゃぁ、このまま?」
ルーシィが愕然とした表情で見つめる先には、ナツと共に酒を飲むラクサスの姿。元の姿の時よりも剣呑さがなく、平和な空気が流れている。
「このままでもいいんじゃない?」
「それ言ったらダメですよ、ミラさん」
ルーシィも一瞬過ぎってしまった考えをミラジェーンの口から漏らされて、すかさず突っ込んだのだった。
2010,01,18
この後の若ラクネタは、新TEAMシリーズで…