早起きは三文の
その日、ハッピーはいつもよりも早く目が覚めた。二度寝などする気にもなれなく起床する事にしたのだが。
「あれ、ナツー?」
一緒に暮らしているナツの姿が見当たらない。毎朝ハッピーの方が早く起きる事が多いから珍しい。散歩にでも出ているのだろうか。
「オイラも散歩に行こうかな」
顔を洗って常備している魚を風呂敷に詰めた。首にかければ準備万端だ。ハッピーは翼を出して窓から飛び立った。
「うわぁ、気持ちー」
朝早い時間は昼間と違って人が少ない。店もまだ開いていなく、これから活発に動き始めるのだろう。同じマグノリアに居ても時間が違うだけで、全く違う顔になる。
しかし、散歩と行ってもただ飛んでいるだけではつまらない。公園も来てみたがナツの姿も見当たらなかった。
「ルーシィ達起きてるかな」
居たら暇つぶしになる。ハッピーはルーシィの家へと向かった。
「ルーシィ起きてる?」
窓から覗いてみれば、残念ルーシィはまだ布団の中だ。気持ちがよさそうに眠っている。その寝顔を見てしまうと、起こしてしまう事は出来ない。
諦めようとしたハッピーの視界に見知った顔が映った。
「何してるの?」
ロキだった。精霊としての名はレオだ。ロキはルーシィが眠っているベッドの端に腰かけていた。
ハッピーが問うと、ロキは口に人差し指を当て、窓を小さく開けて小声で話し始めた。
「これは王子の役目なんだ」
「役目?」
「そう。ルーシィの寝顔を見守るっていう大事な役目」
ただ寝顔を見ていただけだろう。ルーシィが知ったら顔を赤くして怒っているかもしれない。
ルーシィの寝顔を見て柔らかい笑顔を浮かべるロキに、ハッピーは遠い視線を向けた。
「……オイラ、もう行くね」
「この事は秘密だからね」
頷く気力も失せる。ハッピーはルーシィの家を後にした。
「あれって、ストーカーって言わないのかな」
寝顔を見ているだけで他には何もしていないのだから特に害はないだろう。ルーシィ本人も気が付いていないのなら、特にだ。
「まぁいいや。次はグレイの家に行こ」
いつの間にやらノリノリである。
ナツがグレイの家に行く事はない。だから自然とハッピーも行く事はなくなるのだ。
「うーん、ここだよね」
うろ覚えなので確信は持てない。悪い事をしているわけではないので、間違って他人の家だったとしても、普通の猫のふりをしてやり過ごそう。
頭の隅で考えながら、窓から家の中を覗いてみる。
「よく見えないな……うわ!」
窓に手をつけば、窓が開いてしまった。バランスを崩しても翼ですぐに立て直す。ハッピーは家の中に入りこんだ。
物音を立てないように翼で移動する。ベッドを難なく見つけたが中身は空だ。もう起床しているのだろう。
「グレイどこだろ?」
きょろきょろと部屋を見まわしていると、すぐに見つける事が出来た。グレイの家だった事に安堵して、ハッピーは観察を始める。
グレイは鏡の前で身だしなみを整えていた。その前に全裸なのだから、服を着ろと突っ込みたいところだ。
グレイはクシと整髪料で髪を整えている。
「……っし、今日こそは決めるぜ」
鏡の前で何か喋り出した。
わくわくとハッピーが聞き耳を立てる中グレイは溜め息をつく。
「あいつ鈍いからな。いい加減、気付けってんだよ」
「へぇ、グレイって好きな子いたんだ」
グレイの言葉からしてジュビアではないだろう。可哀そうだと頭を隅で思いながらも、グレイの想い人が気になる。名前を言ってくれないだろうか。
「ったく、日に日に可愛くなりやがって……あの、クソ炎」
「!?」
ハッピーは絶句した。クソ炎、グレイがそう呼ぶ相手は一人しかいない。いやしかし、そんな事あるわけがないではないか。
ハッピーは動揺しながらもグレイの独り言に耳を傾ける。
「いっそ無理やり……いや、確実に喧嘩のパターンだ。飯に誘ってみるか。奢りなら絶対ついて来るよな」
うんうんと唸るグレイに、ハッピーは少ない希望を探した。ナツでないという確証が欲しい。
「くそ、ナツとヤりてぇな」
終わった!しかも物騒なことこの上ない台詞付き。一人だからといって欲望が漏れすぎだ。
ハッピーは力なく窓から飛び出した。心が乱れているせいだろう、若干魔法が安定していないようで身体がふらつく。
「どうしよう、ナツに教えた方がいいかな……ていうか、オイラ知りたくなかったよ」
がくりとうな垂れた。
もう家に帰ろう、そう思った矢先だ。
「やべ、こんな時間じゃねぇか!」
聞き覚えのある声が耳に入った。ナツだ。どこにいるのだろうと周囲を見渡していると、一軒の家の窓から見慣れた桜色が目に入る。
「こんなとこに居たんだ。でも、ここって誰の……!?」
ハッピーは目をみはった。ナツはベッドの中にいたのだ。それだけなら問題などないのだが、衣服など何も身につけていない状態で、しかもその隣に居る人物には見覚えがありすぎた。
「何で起こしてくれねぇんだ!」
「うるせぇよ、もう少し寝てろ」
起きあがろうとしたナツは抱き込まれてしまった。その相手はラクサス。
ハッピーの額からは冷や汗が流れ、内心絶叫ものである。
「でも、ハッピーが起きちまう」
「散歩に行ってたとでも言えばいいだろ」
ラクサスは開きかけたナツの唇を己の口で塞いだ。途端大人しくなったナツを押し倒し、ナツの身体に手を滑らせた。
「ん?!や、やめ……身体もたねぇ、」
抵抗するナツに、ラクサスは揶揄するように口元に弧を描いた。
「昨日はあんなに欲しがってたのに、もういいのか?」
「あ、あれは、お前が」
顔を真っ赤に染めて口ごもるナツ。ラクサスは喉で笑うと、その額に口づけた。
「冗談だ」
目を細めるラクサスから目をそらすと、ナツはラクサスの腕に触れた。
「どうしてもってんなら、付き合ってもいいぞ。し、仕方ねぇから……」
精一杯ナツが応えようとしているのは分かるが、ナツとて身体に負担が来ている事は確かだろう。ラクサスは小さく息をついた。
「無理してんじゃねぇよ、ガキ」
「ガキじゃねぇ!」
目を吊り上げるナツを抱きしめて、ラクサスはナツの耳元に唇を寄せた。
「てめぇだけは壊したくねぇんだよ。いいから大人しく寝ろ」
ナツは頷いて、すり寄る様にラクサスに身を寄せた。
「!?!?」
ハッピーは全速力で自分の家へと飛んだ。家に付くとベッドにもぐりこみ、シーツを被る。
「夢だよ、これは全部夢なんだ……」
呪文のように繰り返すうちに、ハッピーは眠りについた。
次に目が覚めた時、自分の目で見た事が夢だったのか現実だったのか区別がつかなくなったのだが、ハッピーにはそれを確認する勇気はなかったのだった。
20100822