あの子のピンチ
妖精学園高等部の教室。授業中で、当り前だが生徒も教師も在室中。そんな中軽快な音が鳴り響く。
瞬時に一人が立ちあがると、それと同時に音がやんだ。
「……どうした?ラクサス」
黒板に向かっていた教師が苦笑しながら振り返った。ラクサスは口元を引きつらせると苦々しく口を開いた。
「便所だ」
「そうか、がんばって来い」
何をだ。
会話を聞けば誰もが思って普通なのだが、理由を知る他の生徒達は教室を出ていくラクサスを生ぬるい目で見送った。
教室を出たラクサスは走り出した。ちょうど他の教室から出てきたグレイとルーシィに出くわす。
「お互い大変ね」
「拒否権ねぇからな」
「だって拒否したら……いや、何でもねぇ」
三人の視線がどこか遠くへと向く。言葉にも出したくないようだ。
「もー!せめて休み時間にしなさいよー!」
嘆くルーシィにグレイは呆れたように視線を向けた。
「お前、昼休み出動になった時飯食えなかったって文句言ってたろ」
「くだんねぇ事言ってんじゃねぇ。さっさと終わらせりゃいいんだよ」
ラクサスのもっともな言葉に二人は頷いた。そうでないと長時間トイレにこもっている事になる。それは避けたい。
三人は現場まで全力疾走した。現場は、校内にある正面玄関。
駆け付けた三人だったが、ルーシィとグレイが変身しようとする中ラクサスだけが立ち止まってしまった。
「ラクサス?」
「どうしたよ。変身すんだろ」
振り返ったルーシィとグレイが訝しんで見つめる。ラクサスは二人の更に先へと視線を向ける。
視線の先には、妖精学園小学部に通うナツの姿。見知らぬ男がナツが持っている荷物を奪おうとしているようだ。ナツが必死に抵抗している。今回の出動はこれで間違いないだろう。
「ナツ……」
ラクサスの口から出た名前に二人は首をかしげる。
ラクサスには珍しく焦って様子で地を蹴った。ルーシィとグレイの間を駆け抜けると、手首に装着してある腕輪に口を近づけた。
「変身」
瞬時にラクサスの姿が、制服から、黄色い全身スーツとヘルメット姿に変わった。
そのまま走り抜け、男に飛び蹴りをくらわせる。吹っ飛んでいく男の変わりに見事に着地を見せるイエロー。
イエローは小さく息をついてナツを見下ろした。
「大丈夫か?」
こくこくと頷くナツに、イエローは膝を折ってナツの視線に合わせる。
「今の奴に何をされた」
ナツは手にしていた物を見せるように差し出した。
「これ、父ちゃんの弁当なんだ。届けにきたら、変なおっさんがこれほしいって言ってきた」
ナツの父親イグニールは、妖精学園高等部で教師をしている。忘れ物を届けに来た事は理解できるが、何故それが狙われたのか。見た目弁当だと分かりやすい包みをしているから相当空腹だったのか。
男が吹っ飛んで行った方へと視線を向ければ、男は立ちあがっていた。
「そんな!イエローの飛び蹴りを受けて立っているなんて!」
ピンクに変身したルーシィがわざとらしく声を上げる。その横ではブルーに変身したグレイがぼうっと立ちつくしていた。
「ブルー?あんた、どうした……のー!?ちょっと!ヘルメットから何か漏れてるわよ!?」
青いヘルメットの被り口の部分から赤いものが流れ出ていた。肌に張り付いているスーツにまで流れ、正直怖い。
「そ、それって、血?」
ヘルメットで分からないが、確実に顔のどこかの部分から流れ出ている血だろう。
しかし、ピンクの問いにブルーは答えず、真っすぐに視線を向けたままで口を開いた。
「運命だ」
「はぁ?」
ブルーはいきなり駆け出すと、ナツの前へと膝立ちで滑り込んだ。
妙な現れ方をしたブルーにナツはびくりと体を震わせた。それに気にした様子もなく、ブルーは幼いナツの手を取る。
「名前は?」
「えっと、ナツだ」
「かわいい名前だな。俺はグレ……ぐふっ!!」
グレイは地に沈んだ。ラクサスがグレイの頭を、踵落としの要領で踏みつけたのだ。
「何、正体ばらそうとしてんだ。てめぇは」
ラクサスは更に数回踏みつけると、ナツへと視線を戻した。
「弁当は俺が渡しといてやるから、お前は帰れ」
そうでないと、色々危険そうだ。
ナツは瞬きを繰り返して、ブルーとイエローを交互に見やった。イエローで視線を止めると、首をかしげる。
「お前、オレの知ってるやつに似てんな」
ラクサスはぎくりと身体を強張らせた。ヘルメット越しで表情は見えないが、顔が引きつっている。
それはそうだろう。高校生にもなって全身スーツにヘルメット姿で、ヒーローなんて恥ずかしい事をしているのだ。知り合いにはばれたくない。
黙ってしまったイエローに、ナツはにこりと笑みを浮かべた。
「そいつラクサスってんだけどな、うちの隣に住んでんだ!」
「そ、そうか」
ぎこちなく返事をするイエロー。ナツは微かに頬を紅色させながら続けた。
「ベンキョーもできて、つえーんだぞ!いっしょに遊んでくれるし、メシもうめーし……」
指を折って、ひとつひとつ挙げていくナツ。止めなかったらどれだけ続けるのだろう。しかし、ナツは気付いていないがラクサスとイエローは同一人物なのだ。イエローにとっては居たたまれない状況である。
「あとなー……ん?」
イエローはナツの頭をぐしゃりと撫でた。少し乱暴なそれに、ナツはきょとんとした。
「どうした?」
イエローをじっと見つめるナツ。イエローは正体がばれていないか気が気でないのに、そんな内心など知らずに、ナツは恥ずかしそうにもじもじしている。
「ラクサスもな、こうやって頭なでてくんだ」
ナツの事は赤ん坊のころから知ってはいたが、ここまで自分を慕っていたなど知らなかった。
イエローは、動揺を隠すようにナツの頭を撫で回したのだった。
20100818