コイ
「何読んでんだ?ルーシィ」
カウンターで本を開いているルーシィにナツが声をかけた。本に綴られている文字を目で追ってはみるが、基本読書に興味のないナツには分からない。
ルーシィは本からナツへと視線を移した。
「恋愛小説よ。どうせ、ナツには分かんないでしょ」
恋愛のれの字も知らなそうなナツだ。
小さく息をつくルーシィに、侮られていると察したナツはむっと口元を歪めた。
「何で決めつけんだよ」
「だって、恋なんてした事ないんでしょ」
「ぐ……あー、あれは美味いよな、うん」
それは鯉だ。
「ていうか、ベタ過ぎ!」
目をそらすナツに、ルーシィは溜め息をついた。
「あたしだって、した事ないからナツの事言えないけどね」
にやりと顔をゆるめるナツに、ルーシィは指を差した。
「それでも、あんたよりはマシ」
ナツは不満そうに唇と尖らせると、ルーシィの隣に腰かけた。
「コイって楽しいのか?」
そう問われても答えようがない。恋愛は規則的ではないのだ、人によって、楽しいものもあれば辛い事もある。それは経験のないルーシィにでも分かる事だ。
ルーシィは考えるように少し間を置いた後、口を開いた。
「恋っていうのはね、その人の事ばかり考えたり、考えていると胸が熱くなったりするの。ビビビって電気が走るっていうのもあるみたい」
うまくは言えないけど。
口ごもりながら付け足すルーシィ。全ては体験談や、本で読んだだけの知識なのだ。実際に体験しなければ分かり得ない事を、説明するのは無理がある。電気が走ったという表現も、抽象的過ぎるだろう。
興味なさそうに相槌をうったナツだったが、思い出したように、あ、と声をもらした。
「俺、なった事あるぞ」
「は?」
「電気走って、そいつの事ばっか考えて、熱くなるんだろ!俺あるぞ!」
嬉しそうに立ち上がるナツに、ルーシィは瞬きを繰り返し、声を上げた。
「えええぇぇッ!?」
じろじろとナツの顔を見るルーシィ。信じ難いのだろう、しかしナツはその視線に気にした様子もなく、腹のあたりで拳を握りしめた。
「よっしゃ、勝った!」
「いつから勝負してたのよ!……ていうか、今の本当なの?ナツ、あんた恋してるわけ?」
女性というのは、人の色恋には妙に食いついて来る。ルーシィもそれに当てはまるようで、ナツに顔を寄せて小声で話し始めた。
「で、相手は?ギルドの人?あ、言わないでよね、あたし当てるから」
落ち着かない様子で質問を重ねるルーシィに、ナツは顔を歪めた。
「ギルドの奴だよ。ルーシィだって知ってるぞ」
「えー!?うっそ、誰誰?」
ナツが答えようとすれば、その口はルーシィの手でふさがれてしまった。
「ふぁぐふんふぁ!」
何すんだ!
不機嫌そうなナツにも、ルーシィはにやにやと笑みを浮かべたままだ。何が楽しいのかナツには理解できない。
ナツから手を離すとルーシィは咳払いを一つ。
「仕方がないから、あたしがその恋手伝ってあげる」
「いあ、別に」
「任せて!絶対両想いにしてあげる!」
楽しそうに目をキラキラさせているルーシィ。暇だと言っていたから楽しくて仕方はないのだろう。いい迷惑だ。
それからは面倒この上なかった。告白には薔薇の花だとか、ラブレターだとか、気の利いた事を言えだとか。
ナツが逃げ出そうとしても、いつの間にか参加していたミラジェーンやエルザに止められてしまう。
ナツは椅子に座らされ、女性陣に囲まれていた。
「でも、ナツが恋してるなんてね」
「相手はまだ分からないが、ナツが選んだ相手なら間違いないだろう。私も全力で応援しよう」
ギルドの一角が妙に賑わっていた。
「ねぇ、一度告白してみたら?」
ミラジェーンの言葉に女性陣が騒ぎだす。黄色い声を上げて興奮しているようだ。
聴覚の言いナツにはキツイものがあるが、エルザがいる為に逃亡は許されなかった。
「ま、まだ早いんじゃない?」
「でも、気持ちを知ってもらわなきゃ。相手だってナツが自分を好きだなんて気付いてないんじゃない?」
確かに。
女性陣は、つまらなそうに足をぶらつかせるナツへと視線を落とした。ナツに色恋など当てはめられるわけがない。満場一致でミラジェーンの案は可決された。
「告白ぅ?」
面倒くさそうなナツの表情に女性陣は厳しい目を向ける。
「いい、ナツ?この花束を渡して好きですって言うのよ」
「あと、付き合って下さいって言わなきゃね」
「ナツ、誠意を込めれば、必ず気持ちは伝わる」
「心配しないで!あたし達が影で見守ってるから!」
ミラジェーンに花束を渡され、レビィとエルザとルーシィ、その他の女性に応援の言葉がかけられ、ナツは顔を歪めた。
「なぁ、何で俺が好きなんて言わなきゃなんねぇんだよ」
「大丈夫よ!恥ずかしいのはその時だけだから!」
「いあ、そうじゃなくて」
ナツの意思など関係がなかった。ルーシィに背を押され、ナツは一歩足を踏み出す。
「さ、早くその人のとこ行って」
「でも臭いがねぇから、まだ帰ってねぇんじゃ……お、帰ってきた」
ナツはギルドの外へと視線を向ける。陽の光に紛れながら、姿があらわになっていく。ナツが駆け寄っていく中、女性陣は目をみはった。
「好きです!付き合ってください!」
ナツが花束を差し出した相手。その人物に誰もが絶句した。
「何の冗談だ?」
ラクサスだった。
ラクサスは顔を顰めてナツを見下ろしている。あきらかに不機嫌だ。
「ちょっと、どういう事!?」
ルーシィが困惑する中、ミラジェーンは笑顔のまま、エルザも口を開いたままで固まっている。
騒然とする中ラクサスは言葉通り雷を落としたのだった。
「ほら、雷くらうとビビビってなるし、ラクサスに勝ちてぇって思うと燃えてくんだろ?」
包帯を巻かれているナツに、ルーシィは脱力した。
「それ、違うから」
20100817