プレゼント





ラクサスは自室にいる時、ほとんどバンドに関わる事ばかりだ。ヘッドホンをして自分の世界に入っている。
今日も愛用のギターの絃交換の後チューニングを行っている。チューニング中に騒いで怒られた経験が幾度とあるナツは、ベッドに寝そべって終わるのを待っていた。
ラクサスがヘッドホンを外してギターの手入れを始めたのを確認し、ナツは飛び起きた。

「なぁ、ラクサス」

「あ?」

邪魔さえしなければ、ギターに触れている時のラクサスは機嫌がいい。いつも見下したような物言いをするラクサスも、こういう時は素直で容易なく会話が成立する。

「ラクサスの欲しいもんて、なんだ?」

「何だよ、急に」

ラクサスの手が、ギターを光に反射させながら拭いていく。

「いいから、教えろよ」

答えなければナツは満足しないで延々と問うてくるだろう。
ラクサスは、ギターをケースに仕舞う手を止めて、小さく呟いた。

「……爪、だな」

「爪?」

「この間のライブで大分割ったからな」

「割ったのか!?」

ナツは慌てた様子でラクサスの手を覗き込んだ。それを鬱陶しそうに、ラクサスの肘が退かすように動く。

「お前、爪なくて大丈夫なのかよ」

「いいんだよ、その内買いに行くから」

「買えんのか!?」

ナツは驚愕に思わず声を上げてしまった。間近でそれを聞いてしまったラクサスは、顔を歪めてナツの頭をはたいた。

「出てけ。つか、何しに来たんだ、てめぇは」

いつもなら言い返すなりしてくるナツが今回は大人しい。力なく立ち上がったナツはラクサスの部屋を出て行ってしまった。

「何なんだ、いったい」

どうせくだらない事だろうが気持ちが悪い。ラクサスは立ちあがった。ちょうど渇いた喉を癒したかったのだ。そのついでにナツの様子も覗いて行こう。
その考えが良かったのか悪かったのか、ナツの自室を覗けば、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

「何やってんだ!!」

ラクサスは乱暴に部屋に入ると、ナツの手を掴み上げた。
ナツは座って、爪切りを大して伸びてもいない爪にあてていた。それだけなら問題はないのだが、明らかに妙な動作だった。
ナツはラクサスを見上げると、ギュッと目を閉じて手を差し出した。

「ラクサス、やってくれ」

不機嫌そうに顔を顰めるラクサス。ナツが何を言いたいのか理解できないのだ。無言のままでいるとナツが目を開いた。

「自分じゃできねーんだ」

「……何がだ」

ナツがぐすりと鼻を鳴らす。

「爪、とれねー」

ナツが何を考えて妙な行動に走ったのか、大方予想はついた。先ほどナツが部屋に訪れてきて問うてきた内容に関係しているのだろう。
ラクサスは盛大にため息をついた。

「一応聞いてやる。何で、こんなくだんねぇ事してんだ」

「だって……」

ナツは話そうとして慌てて口を閉ざした。話せないのか話したくないのか。どちらでも同じ事だ。
ラクサスが無言で話すように促すと、ナツはゆっくりと口を開いた。

「だって、……だろ」

「あ?」

途中が口ごもっていて聞き取れない。ナツは自棄になる様に言葉を吐き出した。

「明日はラクサスの誕生日だろ!」

ラクサスは目をみはった。
自分の誕生日など興味もないから、いちいち気にしてはいない。忘れていても、どうせ当日になれば寮の方針で勝手に祝われるのだ。
何も言ってこないラクサスにナツは手を精一杯伸ばす。

「だから、オレの爪ラクサスにやる!誕生日プレゼントだ!」

ラクサスは頭を抱えたくなった。欲しいものを聞いてきた理由は分かった。しかし、全く考えのないナツの行動には頭痛さえしてくる。

「爪ってのは、その事じゃねぇよ」

きょとんとするナツに背を向け、ラクサスは部屋を出た。呆然と立ち尽くすナツへと振り返ると呆れた様な声を落とした。

「さっさと来い」

「お、おお」

ラクサスに連れられてナツが来たのは、先ほども来たラクサスの部屋。ラクサスはギターケースを漁ると、その手をナツへとつき出す。

「手出せ」

促されて、ナツは慌てて手を差し出した。その手のひらに、ラクサスは拳を近づけると手を開いて握りしめていたものを落とした。

「なんだ、これ?」

ナツの小さな手にはプラスチック製の薄い丸みのある三角形。首をかしげるナツに、ラクサスは小さく息をついた。

「それが俺の言った爪だ。ギターに使うピックっつーんだよ」

「じゃぁ、オレのじゃダメなのか」

しょんぼりと肩を落とすナツをラクサスは呆れたように見下ろす。他人のはがした爪を使うなど気違い以外の何者でもない。
ギターピックを珍しそうに見つめていたナツ。ラクサスがその手からピックを手に取ると、ナツは顔をあげた。

「なぁ、それ、どこで買うんだ?」

「ギルダーツの行ってた店分かるだろ、あそこだ。……てめぇは、二度とくだんねぇ事考えんじゃねぇぞ」

いいな。
念を押すように言われたナツは必死に頷いた。

翌日のラクサスの誕生日を終え、更に数日後。
バンド合わせに来ていたラクサス。まだフリードしか来ていない部屋で、ラクサスはギターケースを漁っていた。
何かを探す動作にフリードが顔をのぞかせる。

「どうした?ラクサス」

「……いや、ピックを忘れただけだ」

忘れてくるなど珍しい。ラクサスは他人の物は使いたがらないから、フリードが使っている物でも貸す事が出来ないのだ。
買いに行く気だろう財布を手にするラクサスにフリードは慌てて声をかけた。

「待て、ラクサス。一枚だけ中にあったぞ」

ギターケースの中に一枚だけあったのを見たのだ。別にしまってあったのだろう、それ。
ラクサスは足を止めると振り返ることなく、口を開いた。

「あれはいいんだよ。使えねぇんだ」

珍しく優しげな声に、フリードはただ頷くしかできなかった。出ていくラクサスを止める気にもならない。

「……何か、特別な物なのか?」

ギターケースの中には、一枚のピックだけが大事にしまわれている。ラクサスの髪の色と同じ黄色いピック。
その片面には、幼い字で「おめでとう」と書かれていた。




20100815

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