三カ月分





「ラクサス!」

背後から抱き付いてくるナツに振り返る。

「なぁ、こんにゃく指輪くれ!」

「何だそりゃ」

ラクサスは顔をしかめて、ナツと体が向き合うように体を反転させた。それにナツは当たり前のように膝に座る。

「ラクサス知らねぇのか?それ貰うとずっと一緒にいられるんだぞ」

ナツは足をぶらつかせながらラクサスを見上げる。
期待のこもった瞳で見上げられ、ラクサスはナツの言葉の意味を理解しようと頭を働かせた。

「……婚約指輪の事じゃねぇよな」

「それだ!ラクサスも知ってたんだな」

ラクサスは盛大に溜め息をついた。ラクサスの年齢でその程度の知識がないわけはないが、興味があるわけではない。

「意味分かって言ってんのか?」

「だから、それ貰うと一緒にいられんだろ」

間違ってはいないが、大事な部分が抜けてはいないだろうか。しかし、ラクサスは教育係でもない、教えるのも面倒だった。

「何でてめぇにやらなきゃなんねぇんだ。退け、俺は仕事なんだよ」

大人しくラクサスから降りたナツはつまらなそうに唇を尖らせて、立ち上がるラクサスを見上げた。

「ラクサスはカイショーないんだな」

去ろうとしていたラクサスは立ち止まってナツを振り返る。

「誰にんな言葉吹き込まれてきた」

「リサーナ」

あのマセガキ。微かな苛立ちを浮かべながら、ナツを見下ろす。

「こんにゃく指輪は給料の三カ月分だから、カイショーがないと買えないんだってよ」

今更だが魔導士は給料制ではない。そのつど仕事の内容で報酬額も変わりもするのだから三カ月分なんて計算のしようがないのだが、ラクサスが三カ月分働いた報酬額といったら、どれほどのものか。S級に近い仕事も請け負っているのだ、すごい額になるだろう。

「仕方ねぇな。ギルダーツに頼んでみる」

「てめぇ、さっき意味分かってるって言ってなかったか?」

やはり意味をきちんと理解していなかったのだ。ラクサスの手がナツの頭を鷲づかみにした。

「選べ」

「なにが?」

「俺かギルダーツ、どっちから婚約指輪が貰いたい」

ナツを見下ろす目は怒りに満ちていた。それに気圧されながら、ナツは小さく頷く。

「ら、ラクサス」

ラクサスは満足したようにナツから手を放した。かなり力が入っていたのか、ナツは痛む頭を押さえた。

「三ヶ月か……待ってろ、指輪ぐらいくれてやる」

「ほんとか!?待ってるからな!」

ナツが笑顔でラクサスを見送って、きっちり三カ月後。マグノリアでは妙な噂が流れていた。ギルドでもその話題でもちきりだ。

「知ってるか?あれが買われたって」

「ああ、大聖堂でずっと保管されてた宝石だろ」

「婚約指輪にしたんですって」

「素敵!」

購入した人物は謎とされているが、きっと金持ちだろうと口々に予想を立てている中ナツがギルドへとやってきた。

「おーい、リサーナ!」

「あ、ナツ。おはよう」

来てすぐにリサーナの元へと訪れるナツに周囲が微笑ましくみていると、ナツが首元へとかけている鎖を服のなかから引っ張り出した。そこには指輪がぶら下がっている。子どもであるナツには不釣り合いの宝石の付いた指輪だ。
指輪を見ると、リサーナは目を輝かせた。

「すごーい!貰ったんだね!」

「おお、今朝ラクサスがくれたんだ!ちゃんと三カ月分だ!」

周囲の空気が変わり、微笑ましい雰囲気がざわめく。

「これで婚約したんだね」

「ちょっと待て!!」

リサーナの不穏な言葉に、見守っていたマカオが二人の会話に割って入った。きょとんとする子ども二人に、ナツの首からぶら下がっている指輪を指さす。

「お前、それどうした?」

「ラクサスから貰った」

「婚約指輪なんだよ」

はしゃぐナツとリサーナに、マカオを含む周囲は騒然となった。
ミラジェーンなら別だが、ナツとリサーナがつまらない冗談を言うわけがない。という事は、ラクサスがナツへと婚約指輪を渡したという事になるのだ。

「ラクサス、あいつ」

マカオが呆れたように声を漏らすその後ろから、女性の呆然とした声が落ちる。

「そ、その指輪の宝石……」

周囲の視線がナツの指輪へと集中する。ナツの指輪にされている宝石は、今マグノリアでも噂になっている宝石そのものだったのだ。

「ガキ相手に何やってんだ」

流石にマカオも頭を抱えてしまう。事の重大さなど知らずに、子どもは楽しそうに笑い合っていた。




20100813

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